第8話 金木犀
「
もう三杯目のせいか、口がなめらかだ。
そういえば、先日、
あれが金木犀か。
汎砂の吐息とともに、あのとき、山に充ちていたのと似た、甘い香りが広がる。
「山葡萄、
残念ながら、私はその酒も喉を通らない。
私は汎砂によって彼と同じ
「それでは、今年もひとつき、あとを頼みます」
汎砂は静かに立ち上がり、書額堂の奥の書庫に向かう。
毎年……そう、金木犀の花の季節になると彼は竹簡の積まれた棚の隅に身を横たえ、ひとつきのあいだ眠りに就く。
私の知りうる限り、二百年余、このまえの革命の折に五年ほど飛ばしたのを除けば、欠かしたことがない。
――体質の問題で、長い眠りが必要なのかとも思っていたのだが、そうか、故郷の地祇とその奥方に仕えるためだったのか。
しかし……どうなのだろう?
本来、随身の日とは一晩のことのはず。
加えて、ひとつきの眠りの途中で起こさざるを得なくなったときの、汎砂の寝起きの悪さときたら……まるで二日酔いに苦しむ
本当は、その酒は飲まないほうが身体に良いのではないか、という疑惑は、口にはしない。
――まあ、身体にどれだけ悪くても、死ぬわけでなし。
「汎砂は、芳夙さまに逢っているのですね」
私は扉に手をかけた汎砂の背に声をかけた。
「分かりません。彼女はとても奥ゆかしくて、夢も見ないのです。あるいは、夢のなかでお目にかかっても、目覚めると忘れてしまっている」
そう言い残し、汎砂は扉の向こうに消えた。
次に会うのはひとつきのあと。
どこからともなく甘い花の香りが漂ってきた。
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