PMC(Private Military Company)×女子高生×ケーキバイキング

 やあ、また会ったね。偽物のジョンスミスさん。

 今のあなたの性別がどうかまでは知らないけど……


 今日話す思い出は、あなたが恋に恋する乙女だった時代の話。

 その時、あたしもあなたも女子高生だった。もっと詳しく言うとあたしは文芸部の先輩で、あなたは後輩。

 あたしが結構引っ込み思案っていうか保守的だった性格なのに対して、あなたはとても行動的だった。

 学校の近くにあるお洒落な喫茶店や、皆があまり知らないような古着屋、新しく出来たばかりの雑貨屋さん。

 それで、正直なところ、本が好きそうな素振りはなかったから文芸部に入部した理由が最初はわからなかったな。

 通学路の景色しか知らないあたしと違って、あなたは色々知っていた。

 まさに流行の最先端にいる女子高生像そのままっていうかさ。楽しそうに寄り道して、知らなかった場所を見つけてきて教えてくれて。

 あたしにはそれが新鮮で、あなたの明るさが羨ましかった。

 だから、びっくりしたよ。

 いつも楽しそうにしてる後輩が、あなたが泣きながら部室棟にやってきたんだもん。

 その時いたのは本棚のチェックしてたあたしだけだったから、慌てて中断して話を聞くことにしたんだ。

 そのまま部室で話を聞いても良かったんだけど、貴方は「ここでは話したくない」って言うからさ。学校から出て、以前スミスさんが教えてくれたお店に行くことにした。

 高校生のあたし達でも出せるお値段でケーキバイキングしてるお店があったんだよね。

 ちょっと変わった内装で、喫茶店って言うよりは……そうだなぁ、ダイナー?って感じの雰囲気だった。

 壁には看板じゃなくてブリキの看板が飾ってあったりして、壁にかけてあるモニターにはタイトルもわからない映画が流れてたりしてた。

 お酒も並んでたし、今思うと夜はバーとして開いてたんだろうね。

 でも、当時のあたし達からしたらちょっとした隠れ家的なお店だったんだ。

 だから、あたしが泣きじゃくるスミスさんを連れて入店しても、さすがに一瞬びっくりされたけど、何も言わずに一番奥の席に座らせてくれた。

 あなたは乱暴に座って、ずっと泣いてた。

 スカートのプリーツがぐちゃぐちゃだよって言ってみても、全然聞いてくれなくてさ……あたしはあたしで運悪く背中側にモニターがあったもんだから、なんとなく映画を見つめて気を紛らわせることすら出来なかった。

 そうやって待って、泣き止んで、やっと出てきたスミスさんの言葉は

「文芸部をやめます」

だった。

 流石にそれだけで泣くとは思えないから、当時のあたしなりに頑張って理由を聞き出してみた。

 そしたらね、そもそも文芸部に入った理由は、図書室で司書をやってた教諭の方が好きだからだったんだって。それで、ついさっき告白して振られてきたと。

 男性の司書教諭さんだったんだけど、婚約者がいたそうなの。まあ、このあたりの真偽は不明だけどね。

 自分の勤め先の高校生に手を出すなんてするわけないし、出来るだけあなたを傷付けないように断るための方便だったかもしれないけど。

 それを見て、絶対幸せになれないのに告白する勇気がすごいなーなんて思っちゃった。

 だってさ、女子高生に告白されて卒業を待たずに手を出す男だったらさ、幸せにしてくれるわけないじゃんね。

 それはそれとして、どう慰めるべきか慌てるあたしを他所に、あなたはぽつりと呟いた。

「爆弾作って抱きつきに行って、二人で死んじゃおうかな」

っ て。かなりギョッとしたよね。

 一応爆弾なんて言い出した理由はあって、あたしの背後で流れてた映画がちょうどそういうシーンだったんだよね。PMCチーム……民間軍事会社チームが主役の映画で、仲間が捨て身でターゲットごと爆発するシーン。

 そのモニターの横にはコーラの看板が飾られてたから緊張感に欠けたけども。

 なんかさ。

 行動派の子が恋をすると何もかもが過激になるんだなって思ったよ。

 あたしはいくら好きでもって相手と心中するのは勘弁って思っちゃうタイプだから。相手には生き延びて欲しいもんね、いないんだけどさ。

 とにかく元気付けたくて、あたしはあなたの手を握って立ち上がった。

 あなたはプリーツの乱れたスカートのまましばらく泣いてたけど、ケーキだけはちゃっかり選んで代金ぶん食べてたね。

 結局当時のあたしには慰めの言葉ひとつ出てこなくてさ。

 でも今思うと、青春の1ページって感じがして悪くないよね。

 いや、あなたにとっては悪い記憶だろうけど。一般論的な話として、だよ。

 そういやああいうダイナー系のお店ってさ、絶対オレオチーズケーキあるよね。

 なんでだろう?


 あの時あたしが食べたケーキの名前は……なんだったっけ。

 好きなものだけお皿に盛りつけたはずだったんだけど、一個も思い出せないや。

 こうやってさ、好きな物の記憶もいつか消えてしまうんだから、失恋してもすぐ忘れる。

 だから意外と平気だよ。

 ……って女子高生だった頃のあなたにアドバイス出来たら良かったんだけどねー!

 嫌な記憶は忘れるに限る。

 永い間生きてきてあたしが学んだこと。

 好きなものまで忘れてしまうのはね、寂しいけどね。きっと痛みを減らすための必要経費なんだよ。

 寂しいけどね。


 じゃあね。

 また次の夜に、お会いしましょ。


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「偽物のジョンスミス」さんからのキーワードで思い出した記憶です。

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