石鹸×コンプレックス×ワインセラー

 や。

 よくそんなにたくさん話すことが出てくるなーって顔してんねえ。

 こちとら人生も人生以外も何度も周回してんのよ。

 そりゃ色んな物経験しちゃうって話よ。


 ……そだね、今日はちょっと怖い話をしようか。

 お化け的な怖さじゃないよ。

 そーねー。シリアルキラー、殺人鬼的な怖さ。なんならグロい話かも。

 今まで記録に残ってそうな事件系は避けてきたけど、たまにはね。

 苦手な人は耳を塞いでて。いいね?


 話すよ。


 昔、あたしがとある国で警察組織の一員だった頃。とある男が複数の女性の殺害容疑で捕まった。

 良家のお嬢様方が相次いで行方不明になってね、その共通点が「ある宿泊施設に泊まったことがある」だった。

 男はそこの経営者だったんだ。

 評判は最悪で、やれ水の出が悪い、やれバスルームから異臭がする、ベッドもフットカバーも常に湿っているなどとにかく散々な宿泊施設だった。

 DNA鑑定どころかルミノール反応すら見つかってなかった昔の話だ。

 男は殺した女をバラバラにして、さまざまな場所に埋めた。

 取り調べた結果、男が指定した場所に「ブツ」が埋まってたから我々もこいつが犯人だと確信したし、男も観念しているみたいだった。

 気分が悪くなるのはここからだよ。冤罪とかじゃなくてね。

 最初に断っておくと、この男はちゃんと犯人。

 ……推理小説でこんなこと確認させたら袋叩きよ?

 遺体は土の中に埋められてたけど、どれもこれも頭部がない。どこへやったかと詰め寄ってみたら、こともあろうに地下にあるワインセラーに隠したとか言いやがる。

 赤ワインが全部血なんじゃないかって嫌な妄想すら一瞬湧いた。

 とにかく、頭部を隠せそうな場所を片っ端から調べていったら……からっぽの樽の中に頭蓋骨がぎっしり詰まっていたよ。最悪だったね。

 ただ、当時のあたしはさらに嫌な予感に思い至って、男に聞いた。

「中身はどうした」

 って。

 どう見ても自然に朽ちて肉や内臓が溶けたようにはみえなかったから。

 綺麗に人の手で洗われていたから。

 すると、男はニタァっと笑って、一言だけ言った。

「石鹸にしたよ」

 って。

 当時の石鹸の原材料……一応説明しよっか?

 油と、灰だ。

 一般的には植物油と海藻などを燃やした灰から作られてたんだけど、その男はよりにものよって被害者の脳と灰で自作しやがった。

 そして、最初に言ったよね。

 男は評判の悪い宿泊施設を経営していて、そこに置かれている石鹸から異臭がするという悪評があるって。


 つまり、そういうことだよ。


 被害者の脳は、何も知らない宿泊客の体を洗うために消費されていたんだ。

 脳の六割は脂肪だと言われているからね。通気性の悪い地下だって言うのに、耐え切れずに吐いた人間が続出して参ったよ。

 でも、これは報道規制されたんだったかな。

 被害者の親御さん達が、娘の名誉を守るために石鹸にされたくだりは世間に言いふらさないで欲しいとか言ってたから。

 もし過去にそれっぽい事件の記録残ってたら、結構あたしが事件解決に貢献してるってこと思い出しながら見てね!


 ……男がそんなことをした動機?

 そうね、当時は女性の地位が低くて、良いところのお嬢さんぐらいしか高等教育を受けられなかった。

 あたし?

 あたしはその時男だったよ、男性刑事。というか、女性が刑事になるって選択肢がない時代ではあった。

 男の中には「女は知識などつけるべきではない」という信念があって……だからこそ脳に執着したんだろうね。

 ん?その男?

 教育を受けるチャンスはあっても本人の素行が悪すぎて退学させられたドロップアウトだったよ。

 こんな強烈な記憶も忘れかけてたって言うんだからさ、あたしの忘れっぽさも相当よ。

 ……いや、思い出すのも嫌だった、の間違いかな。


 コンプレックス拗らせ過ぎると地獄ね、ほんと。

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