かぶとむし×きれいなまん丸の小石×わかめ!
おや?
こんな時間に出歩いて大丈夫かい?ぼく。
あたし?あたしはお化けじゃないよ、もちろん幽霊でもない。通りすがりのただのお姉さんさ。ちゃんとした人間のね。
君は?帰り道まで送ってあげようか?
……ん?
君も何かあたしとの記憶、あるの?
よし、ちょっと思い出してみよっか。んー。
そうだねぇ。君と出会ったのは……凍えそうな寒い冬の日だった。
当時のあたしは山の方に住んでいてね。冬の寒さを凌ぐために、家族と一緒に家の中に篭ってたんだ。家族……父親は出稼ぎに行ってたから、祖母と母親と、あたしと弟。四人で温かい家の中にいた。
そうね、その弟が他ならぬ君だったんだよ、僕ちゃん。
夜になって寝る時間になっても元気でね。祖母はうとうとしてるし、母は次の日の朝ごはんの仕込みをしてたし、寝かしつけるのは自然と姉であるあたしの役目になってた。
かくれんぼみたいに家のどこかに隠れちゃってさ。どこだどこだって探してると、突然大きな君の声で
「わかめ!」
って叫び声が玄関の方から聞こえた。いや、ほぼ泣き声だったかな。
とりあえず、一大事。
慌てて母と二人で駆けつけると、扉にある覗き窓から何か深緑色の何かが見えた。たしかに、わかめの塊としか言いようのないもの…ただ、吹雪の音に紛れて声が聞こえてきてね。
弱った犬みたいな、キュウキュウした鳴き声だったんだ。
緑色の毛をした大きな大きな犬が、吹雪に濡れてぶるぶると震えていた。緑色の犬なんて珍しいね、誰かの飼ってる犬が迷子になっちゃったのかななんて言いながら様子を見ると、長い毛足の隙間からきれいなまん丸の小石みたいな黒い瞳がふたつ覗いてた。
それを一目見た途端、人を襲うことはないでしょうと信頼したあたし達家族は、その犬を家に入れて一晩泊めることにした。暖炉の前で横たわってるその犬は見れば見るほど不思議な緑色の体をしていた。
「クー・シーだよ」
って祖母が教えてくれたんだ。
ケット・シーって知ってる?猫の妖精。早い話、あれの犬バージョン。
ただし妖精の王の番犬とかで、基本的には人間には懐かないらしいって話なんだけどね。あたし達家族に無体を働いたりはしなかったな。
そして一晩明けて、嘘みたいに吹雪が止んだ。晴れ間が覗いて、あたし達家族は次の吹雪の夜に向けて備えることにした……はずだったんだけど。
明るいはずの空がやけに暗い。
はっとして見上げると、目の前には山のように大きな大きな緑色の犬。
正直な話、死んだって思ったよね。
まあ、死ななかったんだけどさ。
ばがでかい犬が現れた途端、家から飛び出してきたのは例の大きな犬。そう、大人かと思ってたあの犬、実はばかでかい犬の子供だったみたいなんだ。仔犬ってサイズじゃないのにね。
たぶん、吹雪の中で離れ離れになっちゃったんじゃないかな。親のクー・シーは、自分の子供が無事であることを確認するとあたし達の家をじっと見つめて、それから何もせずに去っていったんだ。親も子も、氷の上を滑るようにして一瞬でどこかへ消えてしまった。
まるで白昼夢を見てた気分だったけど、それよりも先に自分達の仕事をこなさないとなってことで、薪を作ったり魚を釣ったりして普通に日々が過ぎ去っていった。弟の君だけはまた会いたがってたけどね、わかめみたいなあの犬に。
そうして季節が巡って、出稼ぎに行ってた父が帰ってきたんだ。あたしには南国の花の髪飾り、弟の君にはカブトムシの標本。母と祖母にはなんだっけな?
とにかくお土産を買ってきてくれる、家族想いの父だった。漁船で南の海に漁をしに行ってたんだよ。
そんな父は夜、出稼ぎ先で起きた不思議な出来事を話してくれたんだ。
その夜は運悪く嵐が近付いていてね。磁場の乱れもあったせいか、父の乗っていた船は完全に遭難してしまってね。
帰り道を見つける前に転覆して終わるだろうと誰もが諦めかけていた頃、水面に光の帯が浮き上がったんだって。
水面に映ったオーロラのような光を見ていると、不思議と道に見えて来る。
全員が熱に浮かされたようにぼんやりしてたら、いつの間にか船に乗り上げたわかめの塊がワンと鳴いて操縦士のお尻に噛み付いたんだって。
その痛みで正気になった操縦士は、その光を辿るように見失わないよう必死に航路を修正し続けた。
そうして夜が明け、嵐が止んだ頃、船は見事に父達が停泊する予定だった港に到着したんだ。
言うまでもないよね。あのクー・シーの恩返しだったんだよ。帰るべき場所を見失う怖さを知ってるんだもんね。
だから、まあ、なんだ。
君もそろそろ自分の身体に戻った方がいいよ。君の中でこの出来事は夢なんだろうけど、実際は生き霊としてウロウロしてるだけなんだからさ。
大丈夫。朝起きて目覚めても、前世の君がしてくれたこと、あたしは忘れないからさ。
思い出せなくなるまでの話だけどね!あはは!
じゃーね。また次の夜にでも、お会いしましょう。普通にね。
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「ぼく」さんからのキーワードで思い出した記憶です。
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