ナポレオン×彫刻×クライオニクス
寒くなってきたねー。
そのせいかな、最近雪とか吹雪の思い出がたくさん出てくるんだよね。
君も体調には気を付けてね。
そ。「
人間に生まれても平熱が低い体質だった頃もあるぐらいだ。
変温動物に生を受けた日なんて自然の流れに身を任せるしか出来なかったよね。
それどころか、氷漬けにされてた時代もあったもん。
氷漬けにされたユニコーン。それが、その時のあたしだった。
一応生まれた時は普通に野山を走り回ってた。
でも、生まれてすぐ人間だか神々だかが戦いを始めて巻き込まれちゃったのかな。
ある日突然、一瞬であたり一面が氷漬けにされて、その時見ていた花も仲間も他の動物も一瞬で凍らされてさ。
逃げる暇どころか呆気にとられる間もなく、あたしも氷漬けにされた。
たまたま群れから離れた場所にいたせいか、あたしだけちょっとしたオブジェみたいなさ……
自分で言うのも何だけど、ちょっとかっこいいポーズで凍らされたんだ。
あのナポレオンの有名な絵の馬みたいな感じ……で、伝わるかな?
かろうじて意識はあったよ。他の種族は知らないけどさ、ユニコーン仲間も似たような感じだったんじゃないかな。
でも、ご飯を食べたりっていう生命維持活動は出来ない。
あーこのままジワジワ死んでいくのかー
短い人生……いやウマ生?ユニ生?
とにかくせめて大人になってから死にたかったなぁ
でもそれが自然の摂理だしなぁ、なんてちょっと悟り開きながら、冷たい氷の中、長い時間うとうとしていた。
本当に長い間だったよ。あたしが巻き込まれた戦いが終わる程度の時間はあった。
そしたらね、突然人間の声が聞こえて起こされたの。
「なんと神々しい一角獣だ!噂どおり、いやそれ以上に美しい!」
ってね。なんていうか、宝塚の男役の人みたいによく通る声だった。
氷越しにチラリと見てみたら、あたしに向かって両手を広げた女性が立っている。
たぶん、満面の笑みだったね。顔はよく見えなかったけど、髪は赤めの色してたかな?
ユニコーンの氷像として売り払われるのかなーなんて懸念もどこ吹く風で、ある程度感動し終えたその女性は、てきぱきと持ってきた道具を組み立て始めた。
あたしの方からは氷越しのぼやけた景色を眺めるしかできないからね。
久々に訪れた景色の変化に、内心ワクワクしていた。
彼女は彫刻家のようだった。
見えない場所にあったらしい彫刻用の岩を取り出して、あたしを見ながら岩を削り始めた。
長期戦を覚悟してたのか、簡易的なテントみたいなものとかも持って来ててね。
何日も何日もかけて、あたしそっくりのユニコーンの像を掘っていった。
最初の方こそ「そのノミで氷を割ってくれたら像なんて掘る必要ないのに!」とか思っちゃったけど、創作するようになった今ならわかる。
彼女は、自分の手で理想のユニコーンを作りたかったんだよね。
そのためのモデルとしてちょうどよかったのが、あたしだったわけだ。
何日も何日も、暑い日も寒い日も真剣に像に向かい合っていた。
キンキンっていう石を削る音と、たまに聞こえる彼女の音が聞いてて心地よかった。
それでね、たまにあたしに近づいてきて
「なるほど、ここの筋肉はこの筋と交差しているのか」って観察してきたり
「見ろ!試しに掘ってみたら君とは全然違う角の形になってしまったぞ!」とか言いながら失敗作を笑顔で見せてくれたり。
彼女は本当に腕の良い芸術家で、そして良い人間だった。
彼女の役に立てるなら、氷漬けで終わる命も悪くはないな、なんて思ってた。
そして、とうとうその日が来たんだ。
彫刻が完成する日が。
あたしと瓜二つで真っ白な、あどけない仔馬、いや仔ユニコーンが目の前にいた。
彼女は狂気乱舞してたし、長い間その作業を見守っていたあたしも嬉しかった。
彼女は彫刻を慎重に荷車に乗せると、最後にあたしのことを氷ごと抱きしめてくれた。
「本当にありがとう。眠る君の前で騒がしくしてすまなかった。これからは心置きなく、安らかに眠ってくれ」
って言いながらね。
あたしは彼女の存在に救われていたから、本当の本当に孤独を癒されていたから、そんなことないよってどうしても伝えたくなったの。
だから、長い間冷たく固まっていた声帯をなんとか震わせた。
震わせてしまったんだ。
今思うと、あんな声出さなければ良かった。
死んでると思ってたユニコーンが生きているって察してしまったものだから、彼女はそれはもうとても驚いた。
そして優しく、勇敢な人だから、その手にまだ持っていた彫刻用のノミを、あたしの身の周りの氷を砕き始めた。
あたしを助けようとしてくれたんだ。
……クライオニクスって知ってる?
突然どうした?って思うでしょうけど。
要するに冷凍睡眠のこと。
例えば不治の病を患った体を冷凍して保存して、その病を治す医療技術が発達するまで眠り続けさせたりね。
生命維持のための冷凍。クライオニクス。
あの時のあたしも、冷凍されてたからこそ命を維持できた。
だから……だからさ、彼女があたしの氷を砕くっていうことは、死ぬ寸前で時を止めていた体の時間を進めてしまうこと。
殺すことに繋がるんだ。
彼女はそんなことも知らず、あたしの顔の周りの氷を取り払ってくれた。
その瞬間、あたしは一瞬だけ氷の壁越しじゃない彼女の顔を、最初で最後に彼女の顔を直接見ることが出来て。
そうして死んだんだ。
彼女はあたしのことを散々神々しいとか美しいとか言ってくれたけどさ。
あたしにとってはさ。
燃えるように真っ赤でウェーブのかかった髪と、琥珀みたいな色の瞳をした彼女は、氷漬けにされていた命の中で何よりも美しかった。
あの世界で一番って断言出来るぐらいに。
もしかすると今もどこかに、世界で一番優しくて美しい女の彫刻家が掘った、世界で一番神々しいユニコーンだった頃のあたしの像があるのかもしれないね。
でも本当、今でも悔やみきれないよ。
あたしはただ自分の気持ちを伝えたいというエゴで、彼女にあたしの「死」を背負わせてしまったんだ。
生きてるよだなんて伝えなくて良かった。
だって死んだユニコーンのあたしを、彼女は抱きしめてくれたんだ。
生きてなくても彼女は愛してくれたんだ。
あたしはそのまま、死んだユニコーンのふりを続けていれば良かったなって、思っちゃった。
一回口に出した言葉は撤回出来ないからね。
まあ、あたしの場合は呻き声だったわけだけど。
口は災いの元ってことで、教訓にしていきましょ。
あーあ。なんか切ない気持ちになっちゃった!
こんな夜は綺麗な芸術品でも見て、幸せな気持ちになってから眠るに限るね。
君もそうするといい。
じゃあね、おやすみ。
また次の夜にお会いしましょう。
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