みどり色×雪×寝床

 んー?

 ねえ、こっち向いてみて?……おお。

 君の目、この光の下で見るとかなり変わった緑色になるねえ。

 緑に光る目は嫉妬してる証だ、なんて聞き飽きた表現あったよね。

 シェイクスピアだっけ?

 みどり色かぁ。


 あたしが……あー、なんか言いづらいな。

 いわゆる、吸血鬼ハンター的な存在だった時代の話をしてみようか。

 だって、ねぇ?Vtuberになってから吸血鬼の人とか普通にいるもん。なんなら話したりするもんね。

 今も吸血鬼ハンターしてるVもいるしさ、当時ほとんど働いてなかった自分としては言いづらいって。

 そう。その生涯で吸血鬼を倒した実績は一個もないよ。

 ハンターギルドに所属したらお給料と食うに困らない支援貰える!って理由だけで所属してたからね。

 給料泥棒って言われたら……もう時効だから許して欲しいかな。

 いやー、生きるために必要だったんだって。

 実際吸血鬼に出会ったことはなかったから、成果を出したくても出せなかったっていうのが本当のところだしー……って、いや。一度だけあったな。


 それは、かつて吸血鬼が住んでいた廃墟で、一応ハンターらしく残党がいないか一日中調べていた時だった。

 季節は冬。夜になるにつれ冷え込み、雪が降ってきちゃってさ。

 生憎雪に対応できる装備ではなかったもんでね。

 野営しようにも、普通に考えたら冷えた体が濡れて体力が奪われる。

 街へ戻ろうにも雪が酷すぎるし、クタクタの体での徹夜強行軍はどう考えても無茶だった。

 そこであたしが選んだその場凌ぎの寝床。

 吸血鬼探しのために入った廃墟……にあった、無人の棺桶。

 そう、吸血鬼が使っていたであろう棺桶の中で一晩過ごしちゃおうってプランだったんだ。蓋さえ閉めちゃえば雪避けになるしね。

 まったく、我ながら吸血鬼ハンターの選んでいい行動じゃないよねぇ。

 一応、念のため何かあってもすぐ飛び出せるような状態にしてから寝転んで、蓋を閉めた……つもりなんだけど、あたしはあることに気付いてすぐに飛び起きた。

 この棺桶で寝たら死ぬぞ!って察知出来たもんでね。

 なんなら思わず叫んじゃったんだ。

 すると、あたしの叫び声に驚いたのか、別の悲鳴も聞こえてきてね。

 見ると、棺桶の真横に黒ずくめの服を着た金髪の女の子が立っていたんだ。

 赤い瞳を見て一瞬でわかったよ。

 その子こそ吸血鬼。棺桶の家主そのものだった。

 あたしを見て警戒するその女の子は、贔屓目に見ても健康そうには見えなかった。

 服やメイクでごまかしているとはいえひどく痩せ細っていたし、あたしを睨む目にも力がない。

 それどころかあたしの喉元に食らいつく力すら残ってなさそうだった。

 そう。棺桶がその子を弱らせていたんだろうね。

 説明しよう。

 その棺桶の内部には絵画が飾ってあったんだ。しかし、そこに使われている絵の具が曲者だった。

 この世界で言うところの「シェーレグリーン」が使われている絵だったんだよ。

 シェーレグリーンについてざっくり言うと、18世紀頃発明された、高い毒性を含む緑色の絵の具のことだね。

 要するに、その吸血鬼の女の子は長い間毒に晒され続けて弱ってしまったんだ。

 恐らく知らなかったんだろうね。

 ただでさえ日銭稼ぎのためだけにハンターをしてたあたしだ。

 廃墟の中で、捕食対象である人間に食らいつくことすら出来ずにへたり込んだその子が、純粋に哀れでね。

 あたしは無言でその場を立ち去ったんだ。

 弱った吸血鬼を見逃すハンターに少し驚いてたようだったけど、当の本人はそれどころじゃなかったみたい。

 その子はよろよろと棺桶に戻っていった。

 ……回復どころか、体力を削ってる原因なのにね。

 結局あたしはうんうん唸りながら街まで徹夜強行軍する羽目になり、次の日は疲労で丸一日寝込んでしまった。


 そして、数日後。

 どうしても気になるからもう一度廃墟に向かったんだけど、例の棺桶は固く閉ざされてこじ開けることは出来なかった。

 いや、仮に開けられたとしても中を確認する勇気はなかったと思う。

  結局、あの吸血鬼の女の子が中で眠っているのかどうか確認出来ないまま、あたしはその街を去ることになった。

 ちょっとしたシュレディンガーの吸血鬼ってところかな。

 願わくば、箱の中から逃げ出せた未来を願ってしまうけどね。


 ねえ、あなたはどっちだったと思う?

 棺桶を開けると、その女の子は安らかに眠っていたのか、それとも誰もいない空っぽの空間が広がっていたのか。

 あのみどり色が使われていた絵画は、その子にとってどんな意味があったのか。

 もう、確認すらできないけどね。


 ちょっとしんみりしちゃったかな。なんか、ごめんね?

 次の夜は、もうちょっとましな話をしようね。

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