コロボックル×ようかん×靴が片っぽ

 匿名さんだね、こんばんは。

 よく会うね。本当に、あなたとはよく会う。


 今日話すのは、不死川千しなずがわ せんに生まれる一つ前の人生での思い出だ。

 そう。

 苗字が千石せんごくだったから、偶然にも千ちゃんとか千さんってあだ名がついてた時代。

 高校生の時にね、所謂修学旅行で北海道に行ったんだ。

 最初は友達と楽しく班行動ってやつをしてたけど、もともと一人が好きな性格でね。

 誰かと一緒にいても隅っこに行きがちだったんだ。

 え?意外?

 そう言わないでよ。内気な人生もあったんだよ。

 お土産屋さんに入った時、みんなは例の白いクッキーだとかバターサンドとか

円柱型のようかんだとかを楽しそうに見てたんだよね。

 でもあたしは……そうだね、自分の興味のあるお土産を一人で見てた。

 木彫りのクマとかね。例に漏れずの単独行動だよ。


 木彫りのコロボックルキーホルダーを見てた時だったかな。

 突然背後から

「可愛いですね」

 って声をかけられたんだ。

 キーホルダー欲しいのかなと思って慌てちゃってさ。その場をどこうと振り向いたら、すごく綺麗な女性が立ってたの。

 それがあなた、匿名さんだった。

 長い黒髪で、ラベンダーの香りがする不思議な女性。

 その人はすぐどこかに行っちゃったんだけど、その時は不気味さよりちょっとした懐かしさ?

 デジャヴが勝っちゃったんだ。


 それからクラスメイト全員集合して、ラベンダー畑へ行くことになったんだ。

 まあ、ここでも気付いたら単独行動取っちゃったよね。

 今思うと協調性も社会性もない不思議ちゃん扱いだったのかも。

 例にもれず、ラベンダー畑で迷子になっちゃったわけだ。

 クラスメイトとも教師ともはぐれて、崖っぷちみたいな場所に出てしまってね。

 しかも靴が片っぽだけ落ちていることに気付いて、びびっちゃったんだ。

 だって、いたいけな女子高生だよ?投身自殺した人の靴じゃないかって思ったら怯えちゃうよ。

 そこで、また突然背後から声をかけられるわけだ。

「天気占いをしようとしたら靴を飛ばし過ぎちゃった」

って笑う女の人……匿名さんにね。

 ホッとしたのもつかの間、あたしは疑問を抱くことになる。

 だって

「天気占いしたら靴を飛ばし過ぎちゃったんです。雨になったらいいなと思って」

って笑うんだもん。屋根もない、雨露しのげないラベンダー畑の真ん中でよ?

 匿名さん曰く、彼女は前世、こことはまた別のラベンダー畑の真ん中で、雨の降る中人を刺したんだって。

 どうしてそんなことをしてしまったのか思い出せないままだから、同じように雨の降るラベンダー畑に立ったら思い出せるかなと思って……らしいよ。

 でも、あたしは逆にそれを聞いて安心したんだ。

 だって、匿名さんの言う「前世」のこと、あたしにも……千石せんごくにも覚えがあったから。

 だからさ、こう返したんだ。

「きっと刺された男性……にも非はあった気がします」

 彼女の顔をまっすぐ見て、そう告げたの。

 匿名さんも、本当に信じてもらえると思ってなかったんだろうね。

 びっくりした後、微笑んで一言「ありがとう」と言って立ち去ったんだ。


 その「ありがとう」が何を意味するのか。

 単純に信じてくれてありがとうなのか、それとも他の意味があったのか。

 真意こそわからないけど……ラベンダーの香りを感じたときにでも思い出して、教えて欲しいな。

 もちろん、無理にとは言わないよ。


 プルースト効果っていうんだっけ?

 脳の中で記憶をつかさどる部分と香りの受容体って密接らしいからね。

 ついでに古ぼけたレースのハンカチでも燃やしたら、思い出せるかもしれないよ。


 じゃあね。また次の夜にお会いしましょ。


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「匿名」さんからのキーワードで思い出した記憶です。


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https://kakuyomu.jp/my/works/16816700427610465717/episodes/16816700427871458820

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