ヒイラギ×小指×白いレース

 やあ、匿名の人か。

 こんばんは。よく会うね、それとも、そうでもないのかな?

 そうだね、今日はちょっとあぶない橋を渡った頃の思い出でも話そうか。


 結論から言おう。その人生のあたしと君は敵対した。

 あたしはとある組織から、魔術師の団体に入った家出少女を見つけ出すよう依頼された探偵だった。

 そして匿名の君は、家出少女だった。

 まあ、その魔術師の団体を洗ってみた結果、魔術師とは名ばかりの悪質カルト宗教団体だったけど。

 そのリーダーを見てちょっと驚いたよ。最初にいたリーダーは追い出されて、他ならぬ君がトップに立ってたんだから。

 ……そう。新入りから教祖まで一気にのし上がった、とんでもない家出少女。

 そのとんでもない少女は、恐ろしい計画を立ち上げてた。キリストの磔刑は知っているね?知ってなくても進めるよ。

 いくらライトな話だとしても、宗教絡みの話はあっさり行きたいからね。誰かが信仰しているものについて語る難しさは、その頃よーく学んだんだ。

 その団体のシンボルマークは、セイヨウヒイラギがモチーフだった。トゲトゲの葉がイエスの苦悩を表し、赤い実は流した血を表す、というね。

 君が企んでいたこと。それは磔刑の際、キリストの血を吸ったと言われる布から血液情報を調べて、ホムンクルスとして……今で言うクローンかな。とにかく、複製しようと言う企みだった。

 そしてその血を吸った布……古ぼけた白いレースのハンカチは、君が肌身離さず持っていた。

 血が本物か否かより、一部の人からすればそんなクローンを作ろうとする思想自体とんでもない冒涜だろ?

 だから探偵だったあたしに依頼して、見つけ出して、始末しようって話になってたのさ。殺害計画を知ったのは団体に潜入して、だいぶ後になってからだった。

 あたしはあたしで別に匿名の君を死なせたいわけじゃなかったから、なんとかして逃すことができないか必死だったね。

 そこであたしが選んだ作戦は、君に一目惚れした男のふりをすること。

 あたしに惚れさせ、近付き、隙を見て血の染み込んだハンカチを奪い、燃やすこと。

 そのハンカチがあるから計画が生まれたわけだし。

 もちろん君は燃え盛るハンカチを見て泣き叫んだし、騙したあたしを心底恨んで刃物で刺して、障害沙汰で逮捕されていった。

 うん、わざと刺されたんだ。

 その時一番安全なのが檻の中だと思ったからさ。あたしに依頼した組織は、そこまで追っ手は飛ばす力がなさそうだったし。

 教祖を失い、魔術師の団体も自然分解していった…けど、残党がちらほらあたしの命を狙ってきてかなり厄介だったなあ。

 でも、あたしの暗躍のおかげで罪人になった君は小指に刺青を入れられる程度で済んだ…って言っても、当時の君からすればおおごとか。

 家出するほど大嫌いな家庭に生まれ、教祖に祭り上げられ、恋人になれると思った男は自分を騙していて、最終的には前科者。……まあまあ酷いことした気がするね、あたし。

 ん?その時のあたしの性別?

 んー、伏せといた方が面白くない?

 とにかく、気付いてなかっただろうけどあれは君を助けるための苦肉の策だったんだ、本当にごめんね。

 しかし、命を助けるために真実を闇に葬る探偵ってのも皮肉だね。今思うと相当やらかした人生だったわ。どんな風に死んだかは思い出せないけど、たぶんろくな死に方できてないね、こりゃ。


じゃあね。また次の夜にお会いしましょ。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

「匿名」さんからのキーワードで思い出した記憶です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る