第9話
☆☆☆
明日香を保健室まで送り届けると、あたしはすぐに帰る準備を始めた。
本当はもう少し作品を進めたかったけれど、仕方がない。
鞄を手に部室を出た時、ちょうど米田健太郎(ヨネダ ケンタロウ)がこちらへ歩いてくるのが見えた。
健太郎は文芸部の生徒じゃないが、同じ2年1組のクラスメートで、あたしの彼氏だった。
「愛奈。今日はもう帰るのか?」
「ううん。ちょっと駅に行こうと思うの」
「駅に?」
首をかしげてそう聞いてくる健太郎に、明日香から聞いた話を説明した。
聞きながら健太郎は険しい表情になっていく。
「轢かれたって、それ本当かよ」
「たぶん……。でもわからないから、駅まで行ってみようと思って」
今さら駅に行ってもなにもわからないかもしれない。
でも、行ってみないと自分の気が済まなかった。
「そっか。じゃあ、俺も一緒に行くよ」
「健太郎も?」
「あぁ。もし本当なら、愛菜1人で帰らせるのは心配だ」
健太郎がそう言うので、あたしたちは2人で駅へ向かう事になったのだった。
☆☆☆
駅の改札前は人でごった返していた。
「大変ご迷惑をおかけします。○時発、○○行きは人身事故のため現在運航を停止しております」
そんなアナウンスが聞こえてきて、あたしと健太郎は顔を見合わせた。
「人身事故って、やっぱり本当のことなのかな?」
そう呟いた時、近くにいた人の話声が聞こえて来た。
「女子高生の子が突然線路に落ちたんだって」
「もしかして自殺?」
「たぶんね。そんな風に見えたって聞いたよ」
自殺なんかじゃない!
そう言いたい気持ちをグッと押し込めて、早足で駅から出た。
「愛奈、大丈夫か?」
あたしの顔色が相当悪かったのか、健太郎が心配そうにそう聞いて来た。
あたしは近くのベンチに座って気持ちを落ち着かせた。
「人身事故に遭ったのが美春だって決まったワケじゃない」
あたしは自分に言い聞かせるように、そう言った。
「そうだよな。考えすぎはよくない」
健太郎があたしの隣に座り、手を握りしめてくれた。
あたしはスマホを取り出して美春にメッセージを送る事にした。
きっと返事がくるはずだ。
そう、願って。
しかし、美春へ向けて送った《今どこ?》というメッセージは既読すらつかない状態で、時間だけが過ぎて行ったのだった。
☆☆☆
いくら現実から目をそらしていても、美春の死という事実は連絡網によって流れて来た。
「また、文芸部の子ね……」
母親がそう言い、深刻な表情で椅子に戻って来た。
美春のことが連絡網で流れて来たのは、ちょうど夕食を食べているときのことだった。
あたしは箸を止めて母親の顔を見つめる。
「文芸部でなにかあったのか?」
そう聞いて来たのは父親だった。
「……別に、なにもないよ」
あたしは父親から視線をそらせてそう答えた。
あたしたちが咲紀をイジメていた事実は、あの日記にしか残っていない。
あれさえ見つからなければ、あたしたちに罪はないのだ。
「本当か? なにかあるのなら、すぐに誰かに相談しないとダメだぞ?」
両親はあたしの身になにかがあるのではないかと、心配しているのだ。
でも、あたしが文芸部内でイジメなどに遭うことはまずありえなかった。
だって、文芸部の中ではあたしがリーダーなのだから。
「大丈夫だよ、心配しないで」
そう答えながらも、頭の中には美春の死がこびりついて離れなかった。
《美春は電車に撥ねられて死んでしまう》
咲紀は、どうしてあんなことを日記に書いたのだろうか……。
☆☆☆
美春の葬儀場でも、あたしは上の空だった。
美春が死んでしまうなんて思ってもいなかった。
あちこちから聞こえて来るすすり泣きの声も、お経も全部が夢の中の出来事のようだ。
焼香を終えて列から離れると、明日香が待っていた。
目を真っ赤にして、それでもまだ涙は次から次へと溢れだしてきている。
「明日香、大丈夫?」
「うん」
そう答えるが、とても大丈夫そうには見えない。
事故の様子を目の前で見ていたのだから、ショックは相当大きかっただろう。
「今日は学校どうする? このまま家に帰る?」
「今日はもう帰ろうかな」
鼻をすすりあげて明日香はそう言った
その方がよさそうだ。
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