第32話
「俺は咲紀へのイジメを見ていたから、愛菜に逆らうことができなかったんだ」
「なに、言ってんの!?」
思わず声を荒げて立ち上がっていた。
確かに命令したのはあたしだった。
でも、修人はあたしに怯えてなんかいなかった!
「こうなったら、そう説明するのが一番なんだよ。お前だってそうだ」
修人が、和人へ視線を向けた。
「冗談だよね!?」
ハッとして和人へ振り向くと、和人はあたしから視線を逸らせてしまった。
嘘でしょ。
こんなの冗談だよね?
2人があたしを裏切ったら、あたしは一体どうなるの!?
「愛奈も、警察に掴まれば咲紀の呪いから解放されるかもしれないぞ」
修人の言葉にあたしは左右に首を振った。
修人は一体なにを言っているの?
あたしには全然理解できない!
「やめて……ねぇ、考え直そうよ……。あたしたち3人いればきっとどうにかなるから」
あたしは修人にすがりつくようにしてそう言った。
ここで警察に行かれたら、あたしの人生は終わってしまう。
死ぬまで殺人者のレッテルを貼られてしまうことになる!
修人は冷めた目であたしを見下ろし、そしてあたしの頭を鷲掴みにしてきた。
その力の強さに顔をしかめる。
「お前、最初から才能なんてないんだよ。それなのに調子に乗って、人を蹴落とそうとするからこんなことになるんだ」
修人の言葉がギザギザの刃物となってあたしの胸に突き刺さる。
それは一生消えない傷痕となって残って行く。
「そんなことない! あたしは……あたしは……!」
言い返すために修人の手を払いのけた。
その瞬間だった。
ゴンッと鈍い音が聞こえてきて、修人の体がこちらへ向けて倒れて来たのだ。
咄嗟のことで逃げることもできず、あたしは修人の体と共に倒れ込んでしまった。
「え……?」
唖然としている間に、のしかかった修人の額から血が流れて行くのを見た。
「大丈夫か?」
その声がした方へ視線を向けると、大きな木切れを手にした和人が立っている。
「和人……なんで……?」
そう聞きながら、修人の体を横へとずらした。
「修人の思い通りにはさせない。まだ、咲紀の呪いは終わってない」
「でも、これどうするの?」
修人は額から血を流して気絶してしまっている。
「これから警察を呼ぶ」
「え?」
「安心しろ。犯人は修人だ。俺たちは修人に命令されて咲紀をイジメ、明日香に暴行を加えたことにすればいい」
和人の言葉にあたしの頭は混乱して行く。
「罪を修人に擦り付けるの?」
「そうだ。愛菜は修人から『健太郎と別れろ』と、脅されていたことにすればいい。愛菜は怯えて健太郎に別れを切り出した。けれど健太郎は聞き入れてくれなくて、突発的に殺してしまった」
少し無理がある説明だけれど、あたしは和人の言葉を黙って聞いた。
「修人が咲紀をイジメたり、明日香に暴行をしている所をあたしは見た。だから、命令をきくことしかできなかった。それでいい?」
そう聞くと、和人は口元に笑みを浮かべて頷いた。
「その通りだ。さすが、文芸部の部長だけあって物語を読みこむのが早いな」
そう言われって、あたしも少しだけほほ笑んだ。
現実に起こった出来事でも、どんなふうに線を繋げていくかで物語は大きく変化する。
「俺たちは修人に呼び出されて河川敷にきた。俺と愛菜は警察へ行くように修人に進めた。そこで口論になって修人が愛菜に手を出したから、俺がそれを助けたんだ」
「うん。わかった」
それなら修人がここで血を流して倒れていたって、違和感はない。
筋書きはできた。
あとは警察を呼ぶだけだった……。
警察に連行されたあたしは、和人が考えた通りの物語を説明した。
あたしは悪くない。
あたしはただ怖かっただけ。
悪いのは、全部修人だ。
嘘の説明をしているのに、気が付けば次から次へと涙が出てきていた。
修人がどれほどヒドイ人間だったのか、信じられないほどスラスラと言葉が出て来た。
健太郎の話になった時は、机に突っ伏して大泣きをした。
健太郎と別れないと、修人に殺されてしまうかもしれなかった。
そんな恐怖心を叫ぶようにして訴えた……。
どれだけ訴えて見ても、学校だけはダメだった。
人を1人殺している事実は変わらない。
あたしが事件を起こしたその日の内に、退学扱いにされていたようだ。
それでも、世間の目は変化していた。
逮捕前は悪魔のような女として通っていたあたしが、一変して被害者になっていたのだ。
《名無し:愛菜ちゃん、実は可愛そうな子だったんだな》
《万年ニート:ごめん愛菜ちゃん。俺色々と誤解してた。悪いのは白井修人》
そして、事件が起きて2か月後……。
あたしは自分の家に戻ってきていた。
久しぶりの家庭の匂いに不覚にも涙が滲んできてしまった。
「おかえり」
警察署まで迎えに来てくれていた両親が、あたしの後から玄関に入り、そう声をかけてくれた。
「ただいま」
涙声でそう返事をする。
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