第38話

嫌な客も増えるかもしれない。



「あのね。世の中には何もないのに人を叩く人って、沢山いるのよ?」



裕子おばちゃんは手を伸ばし、両手であたしの手を握りしめてそう言った。



その手は母親と同じくらい暖かい。



「コンビニに入ると同時に怒鳴って来るお客さんだって、普通にいるのよ」



「そうなの?」



あたしは驚いてそう聞き返した。



「そうよ。クレームなんて日常茶飯事。だからね、嫌な人が来たからって自分のせいだって考える必要はないの」



そう言われて、あたしは母親へ視線を向けた。



「愛奈が自分で決めなさい。執行猶予期間でも、バイトはできるんだから」



ずっと家に引きこもっているワケにはいかない。



かと言って、1度犯罪者として有名になってしまうと世間の中に戻って行くことは難しい。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで接客マニュアルへ視線を向けた。



正直、まだ外へ出て行くには抵抗があった。



人の目が気になるから、帽子を深くかぶらないといけない。



でも……。



この申し出を断ると、これから先ずっと引きこもったままになってしまうかもしれない。



「……わかりました。あたし、コンビニでバイトする」



あたしは裕子おばちゃんの顔をまっすぐに見て、そう言ったのだった。


☆☆☆


それから数日後、あたしは裕子おばちゃんにレジ打ちを教えてもらっていた。



小さな店内のわりに、やらなきゃいけないことが多くてあたしの頭はパンク寸前だった。



でも、これくらい忙しい方が丁度よかった。



人の目や、咲紀や明日香の事を忘れることができる。



ボンヤリしていたらミスをしてしまうから、バイトをしている間は気を張り、その分嫌な事を忘れることができた。



「じゃあ、次のお客さんの時にレジを1人でやってみようか」



「はい」



あたしは頷き、大きく深呼吸をした。



学校とは全然違う緊張感だ。



背筋を伸ばしてお客さんが来るのを待つ。



今は昼の2時くらいだから、お客さんの動きも穏やかだった。



店内には2人の女性客がいて、1人は雑誌を読み1人は飲料のコーナー辺りを見ている。



飲料を選んだ体の大きな女性が、真っ直ぐにこちらへ歩いてくるのが見えた。



あたしは笑顔を浮かべてそれを待つ。



「これ、お願い」



女性はジロリとあたしを顔を一瞥し、冷たい声でそう言った。



緊張しているあたしは、それだけで全身に汗をかいてしまう。



「こんにちは、いらっしゃいませ」



マニュアル通りお辞儀をして、バーコードをスキャンしていく。



「120円が1点。220円が1点」



ピッピッと小気味いい音が響き、隣では裕子おばちゃんが袋詰めをしてくれている。



順調だった。



それなのに、レジ台の向こうにいるお客さんの顔は徐々に険しくなっていくのがわかった。



ちょっと時間をかけ過ぎだろうか?



そう思い、ペースを上げる。



「ちょっとあんた。犯罪者じゃないの?」



その言葉に、あたしは持っていた商品をレジ台に落としてしまった。



唖然として女性を見つめる。



女性は汚物でも見るような目を、あたしへ向けている。



「やだちょっと。犯罪者が触った物にお金なんて出せないでしょ。全部取り替えてよ」



キツイ口調で、裕子おばちゃんへ向けてそう言うお客さん。



あたしはどうすればいいのかわからず、ただその場に突っ立っていた。



新しい商品を準備することも、レジをゼロに戻す事もできない。



「こんな所で堂々と働いて、恥ずかしいと思わないの? それにさっきから見てたらトロイのよねぇ。あたしは新人用の実験台じゃないんだけど!?」



女性の声は徐々に大きくなっていき、店内に響き渡る。



雑誌を読んでいた女性が逃げるように出て行くのが見えた。



「申し訳ありませんお客様。お客様のような方にお売りする商品は、当店には置いておりません」



裕子おばちゃんがそう言い、隣で女性を睨み付けている。



いけない。



こんなことをしたら、コンビニの評判が落ちて潰れてしまうかもしれない。



そう思うと、いてもたってもいられなくなった。

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