第37話
別に和人のことが好きなワケじゃない。
けれど、同じヒミツを共有している者同士の特別な感情を持っていた。
「愛奈、いるの?」
部屋にノック音が聞こえて来たあと、母親の声が聞こえてきてあたしはスマホを鞄に入れた。
「なに?」
そう聞きながら部屋を出る。
今日はまだパジャマから着替えていなくて、そんなあたしを見て母親は顔をしかめた。
学校を退学になってから、着替える必要もなくなり、一日中パジャマのままでいることも多くなっていた。
「ちょっと下りて来なさい。話があるの」
真剣な表情でそう言われたら、なんだか嫌な予感がしてしまう。
修人は死んでしまったから、今更事件の全貌が明らかなになることはないだろうけれど……。
「ちゃんと着替えてから来なさいね。お客さんが来てるの」
そう言われてあたしは驚いた。
ネットばかり気にしていたから、来客に気が付かなかったのだ。
「お客さんって誰? まさか――」
そこまで言って青ざめる。
刑事さんが来て、事件を洗い直していたらどうしよう。
そう思ったが、さすがに口には出せなかった。
「裕子おばちゃんよ」
「裕子おばちゃん……?」
それは母親の妹のことだった。
この近所に暮らしていて、家族でコンビニを経営している。
「どうしておばちゃんが家に?」
「愛奈のことを気にしてるのよ。詳しい話はおばちゃん本人から聞きなさい。リビングで待ってるから」
母親はそう言い、部屋を出て行ってしまったのだった。
☆☆☆
近所だと言っても、裕子おばちゃんと顔を合わせるのは久しぶりのことだった。
事件が起こる前までは裕子おばちゃんのコンビニにもよく言っていたけれど、今はどんな顔で買い物にいけばいいのか、わからなかった。
「こんにちは」
しっかりと着替えを終えたあたしは、そう声をかけながらリビングへ入った。
裕子おばちゃんはソファに座って紅茶を飲んでいて、あたしに気が付くといつもの笑顔を浮かべてくれた。
「愛奈ちゃん。元気そうでよかった」
腰を浮かせてそう言う裕子おばちゃんに、あたしはお辞儀をして「ご迷惑をおかけして……」と、小さな声で言った。
こういう時、どんな挨拶をすればいいのかわからなかった。
すると裕子おばちゃんはプッと笑って「そんな堅苦しい挨拶、どこで習ったの?」と、聞いて来た。
裕子おばちゃんが笑ってくれたおかげで、緊張がほぐれて行くのを感じる。
よかった。
怒っている様子じゃなさそうだ。
あたしが起こした事件のせいで、親戚周りにまでイタズラ電話で困った時期があったらしい。
あたしも被害者だと知れ渡ると同時に終息していったようだけれど、本当に大きな迷惑をかけてしまっていたのだ。
「あの、今日はなにか……?」
あたしは母親の隣に座ってそう聞いた。
すると裕子おばちゃんは大き目の鞄からファイルを取り出して、あたしの前に差し出した。
なんだろう?
疑問を感じながらファイルを開いてみると、それはコンビニ従業員用の接客マニュアルだった。
あたしはファイルから顔を上げて裕子おばちゃんを見た。
「愛奈ちゃん。うちのコンビニでバイトしない?」
変わらない笑顔でそう聞いてくる裕子おばちゃん。
「え……?」
突然の申し出に頭が付いていかず、あたしは隣の母親へ視線を向けた。
母親はうっすらと目に涙を浮かべている。
裕子おばちゃんは今日、これを伝えるために家にきてくれたみたいだ。
「あの……バイトって、いいのかな? あたしが?」
混乱して、うまく文章が作れない。
「もちろんよ。愛菜ちゃんは事件の被害者よ」
裕子おばちゃんは真剣な表情になってそう言った。
修人に誘導され、修人に脅されて恋人を殺してしまった可愛そうなヒロイン。
世間で、あたしはそういう扱いを受けていた。
裕子おばちゃんの中でも、きっと同じような感じなのだろう。
「おばちゃんのコンビニに迷惑かけたりするかもしれないよ?」
あたしを雇ったとわかると、迷惑電話がくるかもしれない。
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