第5話
文芸部の部室には心地よい風が入り込んでいた。
日差しも暖かくて、このまま眠ってしまいそうになる。
あたしは大きな欠伸をかみ殺した。
「なぁ。咲紀が自殺したんだって?」
あたしの隣の席でプロットを作っていた白井修人(シライ シュウト)が、ふと手を止めてそう聞いて来た。
あたしと同じ2年1組の生徒だ。
「そうみたい」
そう返事をして、再び欠伸をかみ殺す。
「大丈夫なのかよ」
「大丈夫だよ。あいつ、遺書とか用意してなかったみたいだし」
そう言うと、修人は安心したように「そっか」と、呟いた。
あたしたちほどじゃないけれど、修人もよく咲紀イジメに加担していた。
特に、修人と咲紀は同じジャンルを書いていたのでライバル心が強かったみたいだ。
「そんなこと言ってて大丈夫か?」
後ろの席からそう声をかけてきたのは玉谷和人(タマタニ タズト)だ。
文芸部の中では一番文章力が高く、コンテストでも一次審査を何度も通過している。
そんな和人はイジメに加担していたわけじゃないが、すべてを知っていて黙認していた。
「どういう意味?」
そう聞き返すと和人は眼鏡を指先で押し上げて「今の時代、遺書もスマホやパソコンで作るだろ」と、言って来た。
「調べてみれば出て来るかもしれないってこと?」
「そうだよ。俺たちのことも書いてあるかもしれない」
そう言われると、気になって来る。
「気になるなら、明日調べてみればいいじゃん」
そう言ったのは明日香だった。
「調べるって、どうやって?」
「直接咲紀の家に行くの。葬儀は葬儀場でやるから、その時は家には誰もいなくなるでしょ」
そうかもしれない。
だけど、家の中に入るのが問題だった。
さすがに鍵はかけて外出するだろう。
「鍵なら俺がなんとかする」
そう言ったのは和人だった。
「なんとかって、どうするつもり?」
そう聞くと「俺の親父、個人でセキュリティ会社を運営してるんだ。顧客の家の合鍵は必須だ」と、和人は言う。
「まかさ、咲紀の家の鍵もあるの?」
「そういうこと。咲紀の家は資産家だから、セキュリティ面でもしっかりしてる」
それなら簡単に家に侵入できそうだ。
「これであたしたちと咲紀の自殺は完全に切り離すことができるね」
あたしはそう言い、ニヤリと笑ったのだった。
☆☆☆
葬儀の日。
あたしと明日香と美春の3人は葬儀会場にいた。
あの男性に参列すると伝えてあったし、文芸部全員が参列しないとなるとさすがに怪しまれる。
その間に、修人と和人の2人が家に侵入しているはずだった。
咲紀の遺影に手を合わせて涙を流すあたしは、なかなかの女優だったと思う。
同じ学校の生徒がまだ参列している中、あたしたち3人はそっと葬儀を抜け出した。
そのままバスに乗り込み、咲紀の家へと向かう。
なにかあったら連絡をするように修人たちに伝えていたが、今のところ連絡は来ていなかった。
「うまく行ってるかな……」
美春が不安そうな表情でそう聞いてくる。
「きっと大丈夫だよ」
念のために、修人と和人の2人は、セキュリティ会社の制服を着て行動すると言っていた。
近所の人に怪しまれたときにも、すぐに対応できるようになっている。
後は2人のことを信じて待つだけだった。
咲紀の家に到着したとき、ちょうと2人が家から出てきたところだった。
玄関から堂々と出てきて、家の鍵を閉める2人はどこからどうみても違和感がなかった。
近くの公園で、私服に着替えを済ませた2人へ「どうだった?」と聞くと、修人が一冊のノートを取り出した。
「スマホもパソコンも大丈夫そうだった。気になったのはこれだけ」
「創作ノート?」
ノートの表にはマジックでそう書かれている。
「そう。でも、中身は日記みたいだった」
修人にそう言われて軽く確認してみると、日付とその日にあった出来事が書かれていた。
1ページ目が入部した日から始まっているから、イジメの内容まで書かれているかもしれない。
「これは部長であるあたしが預かっとくね」
あたしはそう言い、ノートを鞄に入れた。
「これだけ残して自殺するなんて、咲紀ってほんとバカだよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます