第7話
その日からあたしは文芸部の部室内で小説を書き始めた。
元は咲紀の日記だけれど、ちゃんとあたしが書いたように見せかけるため、わざとみんなの前で書き始めたのだ。
「最近の愛菜すごく調子よさそうだよねぇ」
部室へやってきた美春がそう声をかけてきたので「まぁね」と、ほほ笑む。
調子良く見えても当然だった。
もうすでに出来上がっている作品を清書しているだけなのだから、あたしの手は止まらない。
「すごいよね。本当に締め切りに間に合うんじゃない?」
明日香もそう言って驚いていた。
もちろん、締め切りには十分間に合う予定だった。
でも……。
机の下でこっそり日記を広げた時、あたしは眉間にシワを寄せて手を止めていた。
それまで順調に作品を作ってきたけれど、その先の文章を読んだ時どうしても手が動かなくなってしまったのだ。
《美春は電車に撥ねられて死んでしまう》
その文章に目が釘付けになっていた。
「愛奈どうしたの? 手が止まるなんて珍しいね?」
美春にそう声をかけられて、あたしは息を飲んで顔を上げた。
咄嗟に日記を机の中へと隠した。
「別に、なんでもないよ」
そう言うが、笑顔がひきつっているのが自分でもわかった。
今の文章は一体なんなんだろう?
心臓がバクバクと嫌な音を立て始めて、じっとりと手に汗をかきはじめる。
日記は咲紀が自殺をするところで終わるはずだった。
それなのに、まだまだ続きが書かれているのだ。
「でも、顔色も悪いよ?」
そう言って美春があたしの額に手を伸ばして来たので、あたしは咄嗟に美春の手を払いのけていた。
美春が驚いた表情でこちらを見つめる。
「ご、ごめん……。でも、大丈夫だから」
あたしはそう言い、もう1度ペンを握りしめた。
《美春は電車に撥ねられて死んでしまう》
その文章が、いつまでも頭から離れなかったのだった。
☆☆☆
咲紀はあたしたちに復讐したかったのだろうか。
ベッドの上、あたしはぼんやりとそんなことを考えていた。
あれから日記の続きを読むことはできていなかったが、イジメに加担していたメンバーたちが次々と不幸な目に遭っている内容なのは、なんとなく想像できていた。
咲紀はそうやってストレスを吐き出していたのかもしれない。
そんなの誰にだってあることだった。
あたしだって、現実世界で嫌な事があると、小説に逃げたりする。
それと同じことだった。
でも……。
咲紀の日記はどこか違う気がしていた。
日記に強い怨念が籠っているような気がする。
思い出しただけで寒気がして、ブルリと震えた。
「あれだけイジメてたんだから、当たり前だよね」
あたしは自分自身に言い聞かせるように、そう言ったのだった。
☆☆☆
「どんな作品を書いてるの?」
部活中、明日香にそう聞かれてあたしは左右に首を振った。
「まだ、秘密」
「いつも教えてくれるのに」
「そうだけど、今回は秘密」
あたしはそう言い、両腕で原稿用紙を隠した。
とにかく、1度すべてを清書してみることにしたのだが、その内容は過激化してきていて、簡単に人に見せられるものではなくなっていた。
《今日もあいつを殺したい。人の才能を妬むあいつを八つ裂きにしてしまいたい》
咲紀のその言葉は、あたしへ向けられて書かれたものだったかもしれない。
「なぁに出し惜しみしてんだよ。大した才能じゃないくせに」
修人が笑いながらそう言い、あたしの肩を叩いた。
その言葉にあたしは修人を睨み上げた。
「な、なに怒ってんだよ……。こんなの、いつもの冗談だろ?」
『冗談』と言われてあたしは息を吐きだした。
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