第8話
そうだった。
あたしたちはそういう軽口もよく言いあっていた。
別に珍しいことじゃないし、本心からの言葉でもない。
咲紀の日記を読んでいるせいか、敏感になってしまっていたようだ。
「そうだね。でも、今回は本当に秘密」
「じゃ、できあがったら見せてね」
明日香は明るい声でそう言ったのだった。
☆☆☆
《あたしがここで自殺をしたら、あいつらはどうするだろう? きっと慌てふためく事だろう》
《あいつらには血も涙もない。人を傷つけることで、自分が生きていると実感するのだろう》
《どれだけ人を苦しめても、それで自分が勝ったことにはならない。むしろ、自分の無力さを痛感することになる》
ペンを動かしながらも、あたしは背筋に冷たい物を感じていた。
咲紀の文章はただ上手なだけでなく、人の気持ちまで左右させるなにかがあった。
一文字書くたびに、全身に感じる咲紀からの怨み。
できるならこんなことやめてしまいたかった。
だけど、今のあたしは咲紀の文章に魅入られて、やめることすらできなかった。
咲紀の文章を盗むことで、その技術が自分の中に入り込んでくるような気がする。
熱中して小説を書いていると、大きなノック音が部室に響いた。
今日は部活が休みの日だから思う存分書けると思っていたところに、来客だ。
あたしはすぐに咲紀の日記を鞄の中に隠し、原稿用紙を裏にした。
「はい」
「愛奈! 大変!」
返事をすると同時に部屋に入って来たのは明日香だった。
よほど焦ってここまで走って来たのか、額に汗をかいている。
「どうしたの?」
こんなに焦っている明日香を見たのは初めてかもしれない。
あたしは席を立って明日香に近づいた。
「今、美春と一緒に電車を待ってたんだけど……」
荒い呼吸を繰り返しながら明日香は言う。
「美春が線路に落ちて、電車に撥ねられた」
「え……?」
あたしは目を見開いて明日香を見つめた。
明日香は青ざめて、小刻みに震えている。
嘘をついているようには見えない。
「線路に落ちたって、どうして?」
あたしは明日香を椅子に座らせてそう聞いた。
「わからない。誰かに背中を押されたようにも見えたけど、あたしたちの周りには誰もいなかったし……」
一瞬にして、咲紀の日記の内容を思い出していた。
《美春は電車に撥ねられて死んでしまう》
あたしは強く左右に首を振って、その内容を頭からかき消した。
あんなの、ただの偶然に決まっている。
咲紀が勝手に書いただけだ。
「電車に轢かれたってことはつまり……」
そこまで言い、あたしは明日香を見た。
明日香は大きく息を吐きだして両手で顔を覆った。
「電車はスピードを落としてたけど、でも……」
あんな大きなものに撥ねられて助かるハズがない。
「明日香はそれを見たの?」
そう聞くと、明日香は何度も頷いた。
「顔を背けてたの。でも、真っ赤な血が飛び散ったのを見た」
そのまま電車は止まってしまい、帰ることもできなくなって学校へ戻って来たようだ。
あたしは明日香の背中をさすった。
美春が死んだなんて信じられないし、本当かどうかすぐに確認したい気分だった。
けれど、青ざめている明日香をほっとくわけにもいかなかった。
「保健室、行く?」
そう聞くと、明日香は力なく頷いたのだった。
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