第15話

あたしが向かった先は3階にある登山部だった。



今日は部活がない日なのか、教室には誰の姿もなかった。



もしかしたら鍵が開いていないかもしれないと思ったが、ドアに手をかけてみるとそれはすんなりと開いてくれた。



誰かドジなヤツが鍵をかけ忘れたのだろう。



あたしは教室へ入ると、そのまま真っ直ぐ奥へと進んだ。



登山部には友人が所属しているから、部活見学に来たことがある。



どこになにが置かれているのか、だいたいは把握していた。



教室内に置かれた本棚には沢山の山の本が入れられていて、本棚の上には山の模型が飾られている。



更にその奥へ向かうと部員たちが普段使用している大きなリュックが目に入った。



あたしはその1つ1つを確認していき、1番大きな黒いリュックに目を付けた。



先生用のリュックなのか、中には登山に必要なものと、プラスアルファで沢山の道具が入れられている。



あたしは、それらをすべて床に並べて行き、ひとまずリュックの中を空にした。



大きさを確認し、道具の中かあらロープを選んでリュックに入れ直した。



軽くなったリュックを片手に、文芸部の部室へと走る。



誰もいない廊下に、自分の足音がやけに大きく響き渡った。



全身に汗をかいていて気持ちわるけれど、それを気にしている余裕もない。



部室のドアを大きく開くと、2人が一瞬驚いた顔をこちらへ向けて、あたしだとわかると安堵したように表情を緩めた。



「これに入るかな?」



あたしはそう言い、リュックと和人へ渡した。



「登山部か……。たぶん、入ると思うけど……」



そこまで言って、あたしを見上げる和人。



なにが入るのか、すでに理解しているはずだ。



「おい、なにする気だよ」



青ざめた修人が聞いてくる



普段口が悪いくせに、こういう場面になると腰が引けてしまっている。



でも、死体を運ぶためには男手が必要だった。



学校が閉められてしまう前に登山部のリュックも返しに来なければならない。



のんびりと考えている時間なんてなかった。



「川に行こう。重りをつけて沈めればいいだけだから」



あたしは早口にそう言い、リュックに入っているロープを和人に見せた。



重りと明日香の体をこれでくくりつけるのだ。



「それなら学校裏の川へ行こう。あそこは裏路地になるから人が少ない」



和人はそう言いながら明日香の膝を折り曲げた。



「なにしてんの修人。手伝ってよ!」



ボーっとしている修人に苛立ちを覚えてそう怒鳴る。



修人は泣きそうな顔になりながら、折り曲げられた明日香の体にロープをかけて固定した。



あたしはロープの端に2つのブロックをくくりつける。



これで準備は整った。



リュックの重さはかなりになるが、仕方がない。



「行こう」



あたしは2人へ向けてそう言ったのだった。


☆☆☆


これは仕方のないことだったんだ。



ちょっとやり過ぎただけ。



元はといえば人の彼氏に手をだした明日香が悪い。



家に戻って来たあたしはベッドにもぐりこんで何度も自分にそう言い聞かせた。



明日香の死体は無事に処理することができた。



人にも見られなかったし、リュックも元通り返すことができた。



川は思ったよりも深かったようで、明日香の体は上からじゃ完全に見えなくなってしまった。



そのまま魚のエサになり、やがて消えてくれることだろう。



心配なのは、修人だった。



修人は終始泣きそうな顔をしていたし、犯した罪の重圧に耐え切れずに誰かに言ってしまう可能性があった。



もちろん、誰にも言うなとクギを刺しておいたけれど、ああいうタイプは意外と弱いのだ。



あたしは親指の爪をガリッと噛んだ。



痛みを感じると不安が少し和らぐ気がする。



大丈夫。



なにも心配することなんてない……。


☆☆☆


翌日。



明日香が無断で学校を休んだとして、同じ部活のあたしは数人の生徒たちから声をかけられていた。



「明日香ちゃん、今日はどうしたの? 風邪でもひいたの?」



そう聞かれると、あたしは首をかしげて「さぁ。あたしもなにも聞いてないの」と、返事をした。



できるだけいつも通りの演技をしていたけれど、さすがに食欲はでなかった。



明日香の、力なくダラリと垂れ下がった体を思い出すと、吐き気すら感じた。



命を失った体は異様だ。



それでもどうにか放課後まで我慢して、あたしは部室へ来ていた。



今日はまだ誰の姿もない。



昨日あんなことがあったばかりだから、修人も和人も来ないかもしれない。

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