第40話

目が覚めた時、あたしは病院のベッドの上にいた。



白い部屋、消毒の匂い、点滴のパック。



体中が痛くて動かすこともできなくて、目だけ動かしてそれらを確認していった。



自分の呼吸音だけが規則正しく聞こえて来る。



誰かいなのだろうか?



どうして自分はここにいるんだろうか?



少し右手を伸ばしてみると、肩のあたりから鋭い痛みが全身に駆け巡った。



ナースコールのボタンがあるはずなのに、そこに手を伸ばすことも困難だった。



諦めて誰かが入って来るのを待とうと思った時だった。



いいタイミングで病室のドアが開く音が聞こえていた。



看護師さんか担当医の先生が来てくれたのだろう。



そう思っていた視界に入ったのは和人の姿だった。



和人、なんで?



そう聞きたいけれど、声がでなかった。



「目が覚めたんだね。よかった」



和人はそう言ってほほ笑む。



「交通事故に遭ったんだけど、覚えてる?」



そう聞かれて、あたしは事故前の記憶を取り戻した。



そうだ。



あたしはボーっとしながら横断歩道を渡っていて、事故に遭ったんだ。



和人は落ち着いた様子で、ベッドの隣の椅子に腰を下ろした。



あたしの視界の隅に、和人の姿が残る形になった。



ねぇ、さっきから首を動かすこともできないの。



そう伝えたいけれど、やはり声が出て来ない。



「すごく大きな事故だったんだよ。愛菜は1度車に撥ねられて、落ちてきた時に反対車線から来た車にもう1度撥ねられたんだ。それで生きていたなんて、奇跡だよ」



和人の説明に驚いたけれど、あたしは目を見開くこともできなかった。



あたしの体は一体どうなってるの?



「なんで死ななかったか、わかる?」



そう聞かれても、わからない。



そしてその答えを伝える術も、あたしは持っていなかった。



和人は「よいしょ」と声を出して立ち上がると、鞄の中から何かを取り出した。



それを見て息を飲む。



咲紀の日記だ!!



河川敷で警察を呼んだ後、この日記がどうなったのか知らなかった。



和人がずっと持ってくれていたのだろう。



「俺、ずっと考えてたんだ」



そう言いながら、和人は日記をめくる。



水で濡れたせいで、フニャフニャの形のまま乾いていた。



下手をしたら破いてしまいそうだ。



「ネット上で良い言霊をまき散らすのも効果的かもしれない。でも、咲紀の日記に書けばもっと効果があるんじゃないかなって」



和人はあるページで手を止めた。



そのページをあたしの眼前へ移動させる。



『和人は死なない。和人は死なない。和人は死なない。和人は死なない。』



『愛菜は死なない。愛菜は死なない。愛菜は死なない。愛菜は死なない。』



その文字に、笑ってしまいそうになる。



けれど、筋肉がひきつるような感覚があるだけで、笑えていないようだった。



「咲紀はこの日記に書いたものが現実になるよう、呪いをかけて死んだ。だから、このノートに咲紀の呪いは消えると書いたんだ。だから、もう安心だからね」



和人はそう言い、笑う。



咲紀の呪いが消えたことはもうわかった。



だから、今のあたしがどうなっているのか知りたい。



「愛奈。どうして俺がここまで愛菜を守るかわかる?」



グッと顔を寄せてそう聞いてくる和人に、あたしは視線を逸らせた。



和人があたしのことを好きなのは、薄々感づいていた。



だからこそ、修人からあたしを守ってくれたのだ。



修人と和人の2人であたしを悪者にした方が、リスクもずっと少なかったはずなのに。



視線をそらし続けるあたしを見て、和人はスッと身を引いた。



「そうだ。起きてからまだ1度も自分の姿を確認してないんじゃない?」



そう言われて、あたしは視線を和人へ戻した。



和人は鞄の中から手鏡を取り出した。



「確認する? いつも通り、可愛いけどね」



かざされた手鏡を見て、あたしは自分の目を疑った。



そこに写っていたのは顔も頭も包帯でグルグル巻きにされた、まるでミイラのような自分だったのだから。



咄嗟に手鏡を払いのけようとしたけれど、体を上手く動かくことができず跳ねるような形になってしまった。



あたしの体、全身が包帯だらけなのかもしれない。



「心配しなくても大丈夫。愛菜には最上級の手当てがされるからね」



和人はそう言い、再びあたしに咲紀の日記を見せて来た。



『愛菜の体は元通りになる』



その一文にホッとしたのもつかの間、咲紀の日記を和人がずっと使っていたのではないかと、疑問を感じた。



言霊の呪いがかけられた日記と和人。



和人はあたしのことが好き……。



不意に、背中に寒気が走った。



さっきからどうして他の人が病室に入ってこないんだろう?



どうしてここには和人しかいないんだろう?



次々と疑問がうかんでくる。



「おっと」



和人がノートを取り落としそうになった瞬間、あるページの文章が目に入った。

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