第26話
ふと気が付くと、あたしの頬に風が当たっていた。
冷たくて心地いい。
「あれ……?」
ここはどこだっけ?
あたし、何をしてたんだっけ?
思い出すためにその場に立ち上がり、周囲を見回した。
ここはデパートの屋上だった。
昔はここに屋上遊園地があり、沢山の人で賑わっていたと両親から聞いたことがあった。
でも、今はなにもないガランとした屋上に2つの青いベンチが置かれているだけだった。
その時、あたしの足元に健太郎が横たわっているのが見えた。
「健太郎?」
あたしはそう声をかけながら、しゃがみ込んだ。
そうだ、今日は健太郎と放課後デートをしていたんだった。
クレープを食べて、ここに来た。
あれ?
どうしてここに来たんだっけ?
たしか、観覧車を見たからだったけど……。
どこを見回してみても、観覧車なんてなかった。
あたしの頭はどこか混乱しているようで、それ以上のことを思い出そうとするとひどく頭が痛くなった。
とにかく、健太郎を起こさなきゃ。
こんな所で寝ていたら風邪をひいてしまう。
「ねぇ、健太郎。起きて」
そう言って健太郎の体を揺さぶったとき……。
ゴトンッと鈍い音がして、健太郎の体が転がった。
え……?
力なく寝転ぶ健太郎の目は大きく見開かれ、眼球が少し飛び出している。
口から舌が垂れ下がり、唾液がテラテラと光っているのが見えた。
その瞬間、すべてを思い出していた。
そうだ、あたしは健太郎と2人で観覧車に乗ったのだ。
ゴンドラの中で、健太郎は明日香に変わってあたしを殺そうとした。
だからあたしは……。
明日香の首を絞めて、殺した。
サッと血の気が引いて行った。
あたしは明日香を殺した。
健太郎を殺したワケじゃない。
だけど観覧車はどこにもなくて、死んだ健太郎が横たわっていて……。
「いやああああああ!!!!」
☆☆☆
家に帰ることなんてできなかった。
生気を失った健太郎の顔が、頭から離れない。
ひと気のない河川敷にやってきたあたしは、自分の体をキツク抱きしめた。
そうしていないと震えが止まらないのだ。
あたしが殺した。
この手で健太郎の首を閉めて殺してしまった。
「違う……あたしじゃない……あたしじゃない……」
ブンブンと左右に首をふり、頭を抱えてしゃがみ込む。
自分の両手を見下ろすと、必死で首を絞めた時の感触がリアルに蘇って来た。
「だって、あたしは明日香だと思ったから……だから……!」
自分自身に言い訳をしてみても、健太郎を殺してしまった事実は変わらない。
健太郎の死体はすぐに見つかり、あたしが犯人だということもバレてしまうだろう。
「なんでこんなことになったの……」
小さな声でそう呟いた時だった。
河川敷に強い風が吹き抜けた。
スカートが舞い上がらないよう片手で押さえたとき、風に乗ってなにかが飛んでくるのが見えた。
ソレは、躊躇することなく真っ直ぐにあたしの方へと飛んでくる。
最初はただの紙切れだと思った。
けれど、近づくにつれてそれがノートであることがわかった。
更に近づいた時、あたしは青ざめていた。
スカートを押さえつけるのも忘れて、こちらへ飛んでくるソレを見つめる。
「嘘でしょ……」
ソレがあたしの目の前までやってきた途端、風は止まった。
パサリと音を立てて落ちたソレは……咲紀の日記だ。
咲紀の日記はあの日、あたしがこの手で燃やしたはずだ。
完全に灰になるのを見届けて、踏みつけてバラバラにしたはずだ!!
それでも、目の前にあるノートは間違いようもなく咲紀の日記なのだ。
あたしは咄嗟に立ち上がり、周辺を見回した。
あたしがここへ来たときと同様に、人の姿は見えない。
でも、どこかに隠れている誰かが、あたしを驚かせるためにこんなことをしているかもしれない。
「誰かいるの!?」
そう声を上げてみても、どこからも返事はなかった。
周囲には静けさが立ち込めて、鳥の一匹も見当たらない。
あたしは大きく深呼吸を繰り返してそっと日記を手に取った。
ノートを使っているついた癖などが一緒であると、触った瞬間気がついた。
背中から嫌な汗が流れ出し、次第に呼吸が荒くなっていく。
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