第27話

あたしと番号交換がしたいって言っていたけれど、これじゃ当分無理そうだ。



ただの社交辞令かもしれないし。



もっと他に、イブキと近づく方法を考えないと……。



「ねぇアンリ」



突然後方から声をかけられて振り向くと、そこにはイツミが立っていた。



「なに?」



「ゴウのことなんだけど」



イツミの口からゴウの名前が出てくると、とたんに緊張してしまう。



なにを言われるのだろうかと、自然と身構えているとイツミは満面も笑みを浮かべた。



「あたし、ゴウのことは諦めることにしたから」



「え?」



突然の申し出になんと返事をすればいいかわからなかった。



「だって、イブキ君の方がかっこいいじゃん?」



目を輝かせてそう言うイツミにあたしはすぐに納得した。



やっぱりイツミの言っている『好き』は、相当軽いものだったようだ。



流行りものに飛びつくだけ飛びついて、人気が落ちるといらなくなる。



その程度のものだったんだ。



「わかった」



イツミはそれだけ言うと、鼻歌を歌いながらイブキの元へと走って行ってしまった。



イツミからの報告に安堵する反面、イブキを彼氏にできればみんなから一目置かれるようになるんじゃないかと考えた。



誰もが羨み、あたしに羨望の眼差しを向けるかもしれない。



数値の高い友人に、数値の高い彼氏を持っていればあたしの価値だって自然と跳ねあがっていくことだろう。



「よかったね。ゴウ君のこと諦めるって?」



ヤヨイの言葉にあたしは頷いた。



「でも次はイブキを狙うんだってさ」



あたしはそう言い、苦笑したのだった。


☆☆☆


放課後、1人で廊下を歩いていると後ろから追いかけてくる足音が聞こえてきて立ち止まった。



振り向くとそこにはこっちへ向けて走ってくるイブキの姿があり、あたしは自然と横へよけて道を開けていた。



しかしイブキはあたしの前で立ち止まると「よかった、追いついた!」と、笑顔を見せたのだ。



「え?」



一瞬人違いかと思い、周囲を確認する。



しかし、廊下にはあたしとイブキ以外に人はいない。



イブキの帰りを待っていた女子たちもいるのだけれど、さすがに先生に怒られて退散していた。



「番号交換しよう?」



イブキはそう言うと自分のスマホを取り出したのだ。



あたしは自分の目と耳を疑ってまじまじとイブキを見つめる。



「どうかした?」



「う、ううん」



あたしは慌てて左右に首を振り、自分のスマホを取り出した。



まさか本当に番号交換をしてくれるなんて思ってもいなかった。



「ありがとう。じゃあ、また明日ねアンリ」



笑顔で手をふり、鞄を取りに教室へ戻るイブキ。



あたしは夢の中にいるような気分で、その後ろ姿を見送ったのだった。


☆☆☆


イブキは他の女子たちとも番号を交換したのだろうか?



家に戻ってからはそのことが気になっていた。



誰彼問わず番号交換をしているのだとすれば、浮かれ気分でいるわけにはいかない。



どっちにしろクラスのメッセージグループには入るだろうし、そうなるとみんなと連絡交換ができるようになる。



あたしだけが特別というわけじゃないのだ。



「う~ん……難しいよぉ~!」



あたしはスマホを握り締めてベッドに寝転んだ。



元々恋愛経験が豊富なワケじゃないし、イブキのようなイケメンが何を考えているのかもわからない。



番号交換なんて、ただの気まぐれかもしれなかった。



番号を手に入れたときには夢のような気分になっていたけれど、今はそれが悩みの種になってしまっていた。



しばらくベッドの上でゴロゴロと悩んでいると、スマホが鳴った。



ハッとして上半身を起こし、確認する。



表示されていたのはゴウからのメッセージで、正直拍子ぬけしてしまった。



《ゴウ:今日、ずっと上の空だったけどなにかあった?》



あたしを心配してくれているゴウに胸の奥が熱くなるのを感じる。



でも、イブキの笑顔を見た時のようなトキメキは感じなかった。



ゴウとは幼馴染でずっと知っている関係だから、余計にドキドキしにくいのかもしれない。



《アンリ:大丈夫だよ。ちょっと授業が難しくて悩んでただけ》



あたしは適当な嘘をついて返信した。



すると、ゴウからまた返事が来る。



《ゴウ:そっか。あんまり無理すんなよ!》



ゴウはあたしとイブキの関係なんて少しも気にしていない様子だ。



イブキは今日転校してきたばかりだから当然かもしれないが、あれだけの人気があってなにも感じないのだろうか?



一瞬、ゴウはイブキについてどう思うかメッセージで聞いてみようかと思ったが、すぐに考え直した。



わざわざ自分から思わせぶりなことをする必要はない。



あたしはスマホを投げ出して大きく息を吐きだしたのだった。


☆☆☆


翌日もイブキの人気は衰えていなかった。



イブキの机の周りには常に何人かの生徒たちが集まり、時々廊下にも人だかりができる。



イブキはそれに嫌な顔ひとつせず、常に笑顔を浮かべている。



だから女子たちは調子に乗ってイブキに近づいていくのだ。



先生たちが注意しなければ更にひどいことになっていただろう。



「さっき偶然見ちゃったんだけどさ、イブキ君って結構カワイイ趣味かもよ?」



ヤヨイの言葉にあたしは「え?」と聞き返した。



「イブキ君の鞄、ネコサンのストラップがついてたの」



そう言って笑いをかみ殺すヤヨイ。



ネコサンというは女子中高生に人気のキャラクターで、たれ目の三毛猫だった。



今は15分間のテレビアニメも放送中で視聴率は右肩上がりらしい。



「そうなんだ?」



以外な一面を知った気がして目を輝かせる。



ネコサングッズならあたしも持っている。



あたしはペンケースの中からネコサンの描かれたシャーペンを取り出した。



それを見たヤヨイは笑い声をあげて「アンリもネコサングッズ持ってるんだ」と言った。



「うん。可愛くてつい買ったの」



これを持っていたのは偶然だけど、ラッキーだ。



そう返事をしながらスマホを開き、ネコサンのメッセージスタンプを購入する。



このスタンプをイブキへ送れば、きっと喜ぶだろう。



これをきっかけに会話が弾むかもしれない。



ウキウキとした気分になっていた時だった。



「ちょっと邪魔!!」



そんな声が聞こえてきて振り向いた。



見るとイツミたちがアマネを突き飛ばしてこかせているところだった。



イブキが転校してきてからイツミたちは大人しかったけれど、イブキにキャアキャア言うだけの日々に飽きてきたのかもしれない。

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