第11話

額の数字はその人の価値。



そう理解すると、余計に額の数字が気になるようになってしまった。



学校内ですれ違う生徒や先生。



クラスメートたちや通行人まで、つい額の数字を見てしまう。



自分の知り合いの中に高い数値の人がいると一気に嬉しくなり、もっと仲良くなりたいと思えた。



それとは逆に、友人の中にあまりに低い数値の子がいると、なんとなく距離を取りたくなってしまう。



誰だって、価値の高い人間と一緒にいたいと思うだろう。



「アマネ~、今日の体育はバレーらしいけど、今日もトロイの?」



ある日、イツミがいつものようにアマネにちょっかいを出し始めた。



他のクラスメートたちはそれを無視しているか、遠巻きに見て笑っている。



「頑張るよ」



アマネは体操着袋を手に持ち、イツミに言い返している。



「いつもそう言ってチームの足引っ張ってるよねぇ?」



そう言ったのはバレー部のアキホだ。



あたしは咄嗟に間に割って入ろうかと思ったが、その視界にアキホの数字が入ってしまった。



32111。



価値が1万に到達していないアマネに比べれば随分と高い数値だ。



アキホは勉強は不得意だけど、バレー部で好成績を残しているからのようだ。



「それでも、あたしはあたしで頑張ってるから」



アマネは必死で自分の気持ちを伝えている。



しかし、バレーに本気のアキホにはその気持ちは届かない。



「そんなんじゃ試合にならないじゃん!」



体育の授業と部活は違う。



そう言ってあげたいところだけれど、あたしは一歩後退していた。



アマネとアキホでは数値が違いすぎる。



ここでアマネを庇うと、価値の高い人間を敵に回すことになる。



そう考え、体操着の袋を持つとそっと教室を出たのだった。


☆☆☆


アマネには申し訳ない気持ちがある。



でも、価値の低い子と一緒にいることで自分の価値まで下がってしまうのではないかと懸念があった。



自分の数値は自分で見ることができないから、こうするしかないんだ。



「ちょっとアマネ! もっと早く走れないの!?」



アマネと同じチームになってしまったアキホが声を上げる。



その表情は本気でイラついているようで、周囲の生徒たちから緊張が伝わってきた。



「ご、ごめん!」



アマネは飛んできたボールを追いかけても間に合わないし、サーブも決まらない。



アキホがイライラするのも理解できるほどの運動音痴だった。



「ほんっとに役立たずなんだから!」



結局アキホのいるチームは1点しか入れることができず敗退。



ただの授業内での試合といえど、アキホは納得できない様子だ。



「先生! 今度はチームを変えてください! サーブは得意な生徒にだけやらせたらいいじゃないですか?」



「授業だからそういうワケにはいかないのよ……」



先生も困ったように眉を寄せている。



「えへへ……今日もダメだった」



コートから出てきたアマネは今にも泣きだしてしまいそうな顔をしている。



あたしは声をかけるより先にアマネの額に視線を向けた。



数値がまた少し減っているようだ。



チームを敗退へと導いてしまったのだから、仕方ないことだった。



「もうちょっと頑張ってもいいと思うよ?」



思わす、そんなことを言ってしまっていた。



「え?」



アマネが驚いたように目を見開き、あたしを見つめる。



あたしはこんなときいつも『ドンマイ』とか『気にすることないよ』としか言ってこなかった。



でも、数値が見えてしまったら話は別だ。



少し厳しい意見を言っても、アマネが成長するほうがずっといいと感じられた。



アマネ自身だって、クラスで最下位の数値だなんて知ったら傷つくだろうし。



「運動も勉強もクラスで最下位なのはアマネだって嫌でしょう?」



「それはそうだけど……」



そう言い、アマネはうつむいてしまった。



直接指摘をされると途端に弱くなるのがアマネの悪いところだ。



「ちゃんと相手の意見を聞きいれたりしてる? 言い訳ばかりしてたらいつまでたっても上達しないよ?」



「わかってるよ? 今日はどうしたのアンリ。なんか、いつもと違うみたいだけど?」



おどけた様子でそう言ってくるアマネをあたしは睨みつけた。



「あたし、本気で言ってるんだよ? このままじゃアマネはなにも変われない。ずっとイツミにバカにされたままでいいの?」



「い、今イツミのことは関係ないじゃん。体育の授業のことなんだからさ」



そうは言ってもアマネが気にしていることは一目瞭然だ。



今も、あたしから視線を反らせている。



「もういい。なにを言ってもアマネは変われないんだよ」



あたしは大きなため息とともにそう言い、アマネを置いて更衣室へと向かったのだった。

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