第33話

イツミはあたしを睨みつけて言う。



あたしは軽く肩をすくめてみせた。



「信じらんない。アンリはゴウ君のことが好きなんじゃなかったの!?」



「好きだったよ? でも別れたの」



「どうして!?」



ヤヨイと全く同じ質問だ。



あたしがゴウと別れることは、そんなに驚くことだろうか。



「合わなかったからに決まってるじゃん」



「それだけ?」



「それ以上に理由っている?」



あたしは首をかしげてイツミを見つめる。



イツミは顔を真っ赤にしていて、今にも襲いかかってきそうだ。



一瞬、ヤヨイに言われた言葉を思い出した。



イブキファンには気を付けて……。



「あたしだってゴウ君のことが好きだったのに!」



「知ってるよ。だけど、それとこれとは関係ないよね? あたしはイツミの感情に合わせて行動しなきゃいけないの?」



その質問にイツミはうつむいてしまった。



自分がゴウを好きなことと、あたしがゴウと別れたことはなんの関係もない。



そのことにようやく気がついたみたいだ。



「イブキ君だって、あんたばっかり……!」



イツミが怒りを含んだ目をこちらへ向けた。



「イブキとは普通に仲良くなっただけ。あたしは贈り物もなにもしてないよ?」



手作りお菓子を拒否されたイツミとは違ってね?



内心笑いをかみ殺す。



「そういうのが腹立つの! なにもしてないくせに、あたしの好きになった人から好かれてさぁ!!」



ついにイツミが大声をあげた。



我慢してきた感情を吐き出すように、あたしが悪いのだと馬頭する。



あたしはイツミからの言葉を大人しく聞くだけだった。



いくらでも、好きに言えばいい。



言えば言うほど立場が悪くなるのはイツミなんだから。



イツミがあたしを罵倒すると、その分額の数値は減っていく。



ギリギリ1万代をキープしていたその数値はついに9921まで下落した。



口を開けば開くほど、自分の価値を下げているという事実をイツミは気がついていない。



イツミは一通り怒鳴り終わると、肩で大きく深呼吸を繰り返した。



あたしはスカートのポケットに手を入れてスマホを取り出した。



なにかあった時のためにボイスレコーダーをダウンロードしておいたのだ。



今のイツミの言葉は全部録音されている。



「ちょっと……なにそれ……」



イツミが震える声で聞いてくる。



だからあたしは素直に録音していたことを教えてあげた。



「なんでそんなことするの!?」



さっきまで怒りで真っ赤だったイツミの顔が、一瞬にして青色に変わった。



それは見ていて面白くて、つい笑ってしまった。



「大丈夫だよ、イブキには聞かせないから。ただ、あたしは自分の身を守るために録音しただけ」



「身を守るってなに? あたしをどうする気!?」



どうする気もないという意味で言ったのに、イツミは気がついていないみたいだ。



さすが、価値が低い人間だけあって、冷静な解釈ができなくなっているのだ。



「これを悪用する気はないよ? ただ、言動には気を付けてって言ってるの」



丁寧に説明するとイツミはやっと理解したようでその場に崩れおちてしまった。



今日感じたストレスを、きっとアマネで発散することだろう。



そうやって自分で悪循環を作りだしていることにも気がついていないのだ。



「ま、頑張ってよ」



あたしはイツミの肩を叩くと、1人で教室を出たのだった。


☆☆☆


イブキとのデート当日、あたしは張り切ってお気に入りのワンピースを着た。



ブルーの生地に白色の花がちりばめられていて、女の子らしいデザインになっている。



待ち合わせ場所のコンビニに現れたイブキはお客さんや通行人の視線を大いに集めていた。



ジーンズとTシャツという目立たない格好なのに、背が高くて整った顔をしているイブキが着ると、それだけで絵になる。



「あれ? 今日はマスクしてるけど、どうかしたの?」



イブキは顔の半分が隠れるような大きなマスクをしているのだ。



それでも十分にかっこいいけれど。



「今朝から鼻水が出てるんだ」



イブキは申し訳なさそうに答えた。



「風邪? 大丈夫?」



「平気平気、体は元気だから」



「本当? なにかあったら言ってね?」



あたしはそう言いイブキと肩を並べて歩き出したのだった。



歩きなれた街でも、イブキと2人で歩くと景色が違って見えた。



いつもよりも色鮮やかな町並み。



道行く人たちはみんなイブキを振り返ってみている。



隣りで歩くあたしはみんなの反応に気分を良くしていた。



「最近イツミがしつこいんだ」



2人でカフェに入ったとき、イブキがため息交じりにそう言ってきた。



「そうなんだ?」



あたしはオレンジュースから視線を上げて聞き返す。



「うん。いくら断っても付き合っての一点張り」



イブキは本当に困っているようで、盛大な溜息を吐きだした。



イツミはもう何度も振られているようだ。



だからあたしに向かって逆切れしてきたのかもしれない。



「イツミには気をつけた方がいいよ? 結構怖い子だから」



あたしはそう言い、スマホを取り出した。

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