第36話

アマネもイツミも、ゴウまでも!



ふつふつとわき上がってきたのは恐怖心だった。



みんながあたしを見て笑っている。



だけど笑われている理由がわからない。



咄嗟に手鏡を取り出し、もう1度自分の顔を確認した。



何度確認してみても、おかしなところはなかった。



あたしは勢いよく立ちあがり、アマネの席へと向かった。



「ちょっと、なに笑ってんの!?」



その質問にアマネは笑いをかみ殺して「知らないの?」と、聞いてきた



「え?」



「これだよ」



そう言って見せてきたのはスマホのネットニュースだった。



そこに表示されていたのは、今朝テレビニュースで見た外来植物のことだった。



ピンク色の可愛い花。



それはこの近辺で急速に広がっているようだ。



同時に思い出した。



そうだ!



あたしはこの花を家の裏で見かけたんだ!



遅刻寸前だったあの日、あたしは畑を突っ切って学校へ向かった。



その時にこの花を見て、その後花粉症のような症状が出たんだった!



そこまで思い出してハッと息を飲んだ。



この花は広まっている。



そしてみんなにも花粉症の症状が出ているのだ。



あたしはアマネのスマホを奪い取ってニュースを確認した。



嫌な予感がして、心臓が早鐘を打ち始めていた。



《花粉症のような症状が出た後、人の額に数字が見えはじめます。



それは相手の価値になります》



「嘘……!」



あたしが人の価値を見ることができるようになったのは、全部あの植物のせい!?



唖然としてアマネを見つめる。



アマネは含み笑いをしてあたしの額へ視線を向けていた。



あたしは咄嗟に自分の額を手で覆い隠していた。



「アンリはこの数字が見えていたから、あたしから離れていったんでしょう?」



アマネの言葉にあたしはブンブンと左右に首を振る。



「嘘はつかないくていいよ? アンリ、教えてくれたじゃん。額にラクガキされてるよって」



その言葉にあたしは絶句してしまった。



「ゴウ君と別れてイブキ君に乗り換えたのも、この数字のせいでしょう?」



「ち、違う……」



「そんなに怯えなくて大丈夫だよ。誰だって価値の高い人間と一緒にいたいと思うよね?」



「違うってば!」



あたしは後ずさりをし、足に椅子をひっかけてしまってそのまま倒れこんだ。



クラス中から笑い声が聞こえてくる。



それはただの笑い声だとは思えなかった。



価値が見えるようになったからだ。



みんな、あたしの価値を見て笑っているんだ!



通りすがりのサラリーマンも、ハイヒールの女性もそうだったに違いない。



「でもねアンリ。価値の高い人間と一緒にいたからって、自分の価値まで上がるわけじゃないよ?」



アマネがあたしを見て笑いながら言う。



その言葉にあたしは再び額に手をあてた。



あたしは自分の価値を知らない。



だけどみんなには見えている。



そしてみんなはあたしを見て笑っている……!



「あ、あたしの数字はいくつ……?」



尋ねる声が震えた。



アマネはニヤついた笑みをこちらへ向けるばかりで答えない。



その笑顔を見ていると怒りという感情が湧きあがってくるのを感じた。



アマネなんて最初はクラス最下位の数字だったくせに!



あたしが一緒にいなければ、イジメを跳ね返すこともできないくせに!!



「教えてよ!」



そう怒鳴ったとき、イブキが心配そうな表情で近づいてきた。



「アンリ、どうした?」



眉をよせ、本当にあたしを心配してくれているその表情に一瞬たじろいだ。



「イブキには、見えてないの?」



「見えるってなんのこと?」



首を傾げるイブキ。



「デートの時、花粉症みたいになってたよね?」



「あぁ。でも、それはすぐ治ったよ?」



イブキはケロッとした表情で答える。



イブキは本当にあたしの数字が見えていないのだろうか?



イブキの体調不良は、ただの風邪だったのだろうか?



わからなくて、頭が混乱してくる。



「……ごめんあたし、今日は帰るね」



あたしはイブキへ向けて早口にいい、鞄を掴んで教室から逃げ出したのだった……。


☆☆☆


学校から逃げ出しても、みんながあたしを見て笑っているような気がしてならなかった。



道行く人たちの視線が気になり、常に自分の額に手を当て、数字を隠して早足に歩いた。



あの人もこの人もマスクをつけている。



きっとみんなもう数値が見えるようになっているのだろう。



そう思うと、途端に恐怖心が湧きあがってきた。



もしも自分の価値が他の人よりも低かったらどうしよう?



その数字を見て、みんなはどう思うだろう?



そんなの考えなくてもわかった。



あたしは今まで自分がそうしてきたのだから。



価値が低い人間は、真先にひき捨てられるのだ。



一緒に意味がないから。



自分の価値を下げてしまうかもしれないからだ。



とにかく、今は誰もいない場所へ行きたかった。



一刻も早く家に帰りたかった。

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