第35話

朝起きて、昨日のことは夢だったのではないかと勘ぐった。



それからスマホを取り出してイブキからのメッセージを確認する。



《イブキ:これからよろしくね。俺の彼女さん♪》



ネコサンスタンプと共に送られてきているメッセージを何度も確認し、そして昨日の出来事が現実だったことを理解した。



あたしは胸の前でスマホを抱きしめて大きく息を吐き出した。



あたしはイブキの彼女になったんだ。



クラスでトップの価値をもつイブキと付き合っているのだ。



その実感はジワジワと胸の奥からせり上がってきて、優越感として全身を駆け巡った。



自然と笑顔になり、やがて笑い声が漏れていた。



「あはは! やった、やったよ! あははははは!」



自分の数字が自分で見られないことが悔しいが、仕方がない。



「ちょっとアンリなにしてるの?」



部屋の外からお母さんの声が聞こえてきて、あたしはすぐに笑顔をかき消した。



それでも笑みは体の内側から湧いてくる。



「なにニヤニヤしてるの?」



朝ごはんを食べている間にも、そんな風に気持ち悪がられたくらいだ。



「なんでもない」



ごまかしてテレビに視線を向けた。



今は朝のニュース番組をやっている時間帯だ。



「では次のニュースです。最近日本では珍しい外来植物が発見されました。その植物に近づくと、誰でも花粉症のような症状が出ると言われていて……」



テレビ画面上に、ピンク色の可愛い花が映し出された。



あれ?



この花、どこかで見たことがある気がする……。



「アンリ、もう出かける時間じゃないの?」



「え? あ、本当だ!」



あたしはニュースを最後まで聞くことなく、慌てて家を飛び出したのだった。


☆☆☆


外へ出て学校までの道のりを歩いていると、やけにマスク姿の人が多いことに気がついた。



中には目が真っ赤になっている人もいる。



みんな、どうしたんだろう?



疑問を感じながら歩いていると、紺色のスーツを着たサラリーマンとすれ違った。



マスクを付けているその人は一瞬あたしの顔を見て驚いたように目を丸くし、そして目元を細めて笑ったのだ。



マスクを付けているけれど、すれ違いざまに笑い声が聞こえてきたから間違いない。



あたしは思わず立ち止まり、その人を振り返った。



そして手鏡を取り出して自分の顔を確認する。



今日は慌てて家を出たけれど、別に変なところはなかった。



不愉快な気分になりながら歩いていると、今度はハイヒールをはいた女性とすれ違った。



女性はこれから家に戻るようで、夜の蝶のような派手な服装をしている。



そんな女性がマジマジとあたしの顔を見て来たのだ。



「……なんですか?」



あたしは怪訝な表情になって聞いた。



女性は時々鼻水をすすりながら大きな声で笑いだした。



「あんた、もっと頑張んなきゃダメだよぉ!?」



そう言ってあたしの肩を叩いて歩き出す。



あたしは唖然として女性の後ろ姿を見送った。



今のはなんだったんだろう?



どうしてみんな、あたしの顔を見て笑うんだろう?



怖くなり、早足で学校へと向かう。



そのまま女子トイレに駆け込んでしっかりと自分の顔を確認してみたけれど、やっぱり妙なところはなかった。



ホッと安堵の息を吐き出して教室へ向かう。



学校内を見回してみても、今日はマスク姿の生徒たちが多かった。



「おはようアンリ」



教室へ入ると真先にイブキが声をかけてきてくれた。



あたしは嬉しくなって「おはよう」とほほ笑む。



「イブキ、もう鼻水は出てないの?」



「今日はすっかり良くなったよ。代わりにみんながマスクしてるみたいだけどね」



教室内でもマスク姿の生徒は半数以上いるようだった。



みんな一体どうしたんだろう?



疑問が浮かんでくるけれど、イブキの体調が回復したのならそれで良かった。



「おっはよーアンリ」



珍しく声をかけてきたのはアマネだった。



絶交してかた1度も会話をしていなかったあたしは、一瞬返事ができなかった。



アマネはねばついた笑みをあたしへ向けている。



急に挨拶してくるなんて、どういう風の吹き回しだろう?



そう思ったけれど、イブキがいる前で無視することはできなかった。



あたしは少し無理をして笑顔を作った。



「おはようアマネ。今日は体調でも悪いの?」



アマネもマスクをつけている1人だったので、ついそう聞いた。



「ううん。鼻水が出てるだけだよ」



「そっか……」



アマネは自分の席へ向かう途中、確かに笑い声をあげた。



その態度に不信感が募っていく。



学校へ来るまでにも何人かの通行人があたしを見て笑っていたことを思い出した。



ただの偶然?



あたしの思い込みの可能性だってある。



だけど心は落ち着かない。



みんな、なんだかいつもと違うような気がしてならなかった。



「あれ、アンリ……」



そう言って声をあげて笑いはじめたのはイツミだったのだ。



イツミは遠慮なく、あたしを指さして笑っている。



「ちょっとなによイツミ」



苛立ちを覚えてイツミを睨みつける。



しかしイツミは本当におかしそうに笑い転げ、お腹を抱えながら自分の席へと向かってしまったのだ。



一体なんなの!?



教室内を見回してみると、みんながあたしを見て笑っている。

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