第20話
「それなら、とにかく体操着に着替えなよ。そのままじゃ教室に戻れないよ?」
あたしがそう言うと、アマネはようやく立ちあがった。
その足もカタカタと小刻みに震えている。
「私たちも早く着替えなきゃ遅刻しちゃう」
結局先生に報告することなく、あたしたちは体育館を後にしたのだった。
☆☆☆
アマネを連れてA組へ戻った瞬間あちこちから「ヒューッ!」と口笛が吹かれてあたしは立ち止まった。
クラス全員がこちらへ視線を向けてニヤついた笑みを浮かべている。
その中で1人だけ、ゴウはあたしたちの方を見ずにうつむいている。
どうしたのだろうと教室内を見回してみると、黒板に数枚の写真が貼られているのが見えた。
「あ……」
あたしが声を発するより先にアマネが悲鳴を上げ、その写真をはぎ取っていく。
「お前、意外といい体してんだなぁ!」
「今度俺たちにも見せてくれよ! 淫乱!」
男子たちからのはやし声に、アマネの肩が大きく震える。
「なんだったの?」
あたしの後ろにいて写真を確認できなかったヤヨイが小声で聞いてきた。
「更衣室での写真が貼られてたんだよ」
「嘘……!」
こんな短時間で印刷して黒板に張るなんて、最初から用意していた証拠だ。
「あれぇ? あんなことされたのに先生に言わなかったんだぁ? おかげでクラス全員に下着姿見られちゃったねぇ?」
イツミは勝ち誇った笑みを浮かべてアマネを見下ろしている。
一瞬アマネに声をかけようとしたが、やめておいた。
クラス全員がいる中で手を差し伸べる行為は、自殺を意味している。
「行こうヤヨイ」
あたしはヤヨイに声をかけ、自分の席へと移動したのだった。
☆☆☆
アマネはその後早退してしまった。
あんな写真を見られたのだから、学校にいられなくて当然だった。
正直アマネが教室にいないことでクラス内の雰囲気は良くなっていた。
イジメる相手がいないだけでこんなに平和な教室になるのだと、驚いたくらいだ。
「今日もバレー部の見学に行くのか?」
放課後になり、ゴウがそう声をかけてきた。
「ううん。今日は行かないけど、どうかした?」
「アマネの家に行ってみないか?」
その申し出にあたしは咄嗟に周囲を確認した。
幸いにも今の言葉は誰にも聞こえていないようだ。
こんな話を教室内でするなんて、無防備ににもほどがある。
「ゴウはサッカー部があるでしょう?」
「1度休むくらい、どうってことないよ」
ゴウはすでにアマネの家に行く気満々のようだ。
どうしてゴウはここまでアマネのことを気に掛けるんだろう。
優しいのはいいことだけれど、少しだけ腹が立つ。
あたしはもうとっくにアマネとの関係はあきらめているのに。
「それなら、あたしが1人で行って様子を見てくる。だからゴウはちゃんと部活に出て?」
そうしないと、ゴウの数値は落ちてしまうだろう。
アマネなんてくだらない人間のために、ゴウの数値を減らすなんて論外だ。
「いいのか?」
「もちろん。あたしに任せて」
あたしはそう言うと、ゴウの肩を軽く叩いたのだった。
☆☆☆
ゴウにはああ言ったけれど、もちろんアマネの家に行く気なんてなかった。
1人で帰路を歩いていると後ろから足音が聞こえてきて振り向いた。
「イツミ?」
「やっほーアンリ!」
以外な人物に足を止め、イツミが追い付くのを待った。
「イツミって家こっちだっけ?」
「ううん。最近オープンしたカフェによろうと思ってぇ」
そう言えば近所にパンケーキがおいしいカフェができたと、地元雑誌で読んだ気がする。
「そうなんだ」
「うん! ねぇ、さっきゴウと何を話してたの?」
その質問にあたしはイツミの表情をうかがった。
「別に怒らないよぉ? アンリはちゃんとしたライバルだって思ってるもん。ゴウがアンリのことが好きなら、あたしはちゃんと諦めるしぃ?」
イツミの言うことは信用できないけれど、少なくとも今あたしに攻撃する気はなさそうだ。
「最近、ゴウはずっとアマネのことを気にかけてるよ」
「え?」
予想外の返事だったのか、イツミは途端に真剣な表情になった。
「今日も、一緒にアマネの家に様子を見に行こうって誘われたの」
「どうしてゴウがアマネのことなんて気にするの?」
その質問にあたしはイツミを睨みつけた。
「イツミがアマネをイジメてるからだよ? だからゴウはアマネのことを気にするようになったの」
「なにそれ……もしかしてゴウはアマネのことが好きとか……?」
「わからないけど、そうかもしれない」
それはあり得ないと思いながらも、あたしは曖昧な答えを伝えた。
「だとしたらアマネ最低じゃん!」
イツミならアマネを逆恨みすると思っていた。
あたしは内心ニヤリと笑う。
「もう遅いよ。イツミは散々アマネをイジメてきたから、ゴウはどう感じてるだろうね?」
「ちょっと冗談でしょう? あたし、ゴウに嫌われてるの?」
「そうかもしれないね? だけど、アマネが学校に来なくなれば、ゴウも諦めがつくんじゃない?」
あたしの言葉にイツミはなにか考え込むように黙り込んでしまった。
イツミがなにを考えていても、あたしは関係ない。
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