値札人間

西羽咲 花月

第1話

「やば! 遅刻しちゃう!」



いつも通り起きたつもりだったのに、枕もとの時計を確認すると朝8時前。



ご飯を食べて着替えをして、すべての準備が整うまでに1時間はかかるから、完全に遅刻コースだ!



あたしは大慌てで顔を洗い、髪の毛をとかして制服に着替えをした。



あたしが通う吉川高校の制服は白地に襟に赤いラインが一本入っているセーラーだ。



1年間着用してすでに肌に馴染んだそれを手早く着て、すぐに家を出た。



「アンリ、朝ごはんは?」



キッチンからお母さんのそんな声が追いかけてきて、一瞬足を止めた。



お腹がぐーっと鳴っている。



だけどここでのんびり朝食を食べているような時間はなかった。



あたしはその場で何度か足踏みを繰り返し、空腹感に負けそうになりながらも「行ってきます!」と、家の奥へ声をかけたのだった。



家を出たあたしはいつもの通学路へは進まず、家の裏手へと回った。



裏には広い畑が広がっていて、今はなにも植えられていなかった。



「ラッキー」



小さな声で呟き、畑の中へ足を踏み入れる。



歩道を歩いて学校まで行くと時間が倍かかるけれど、この広い畑を突っ切れば10分ほど短縮できるのだ。



あたしは鞄を胸の前で抱えて走りだした。



畑の持ち主の人は気のいいご夫婦で、ここを歩いていたからと言って怒られることはない。



でも、万が一うちのお母さんが家から出てきてバレたら、それこそ雷を落とされてしまうだろう。



そうなるとせっかくの近道も台無しになり、遅刻は確定してしまう。



あたしはできるだけ身をかがめて小さくなり、なおかつ走る。



少し無理な体勢で畑を走っている時、見なれないピンク色の花が咲いていることに気がついた。



「わ、奇麗……」



急いでいるのに思わず足を止めて見入ってしまうほど可愛い花。



小さくて儚げで、それでいて濃いピンク色のしっかりとした色だ。



この畑のご夫婦が植えたんだろうか?



それとも、どこからか種が飛んできて根付いたのかな?



あたしは花の前にしゃがみ込んで花弁を見つめた。



その時だった。



「くしゅん!」



途端に花の奥がむずがゆくなり、くしゃみが出た。



「くしゅん! くしゅん!」



立て続けに出るくしゃみに顔をしかめ、立ちあがる。



次の瞬間目に違和感があり、強いかゆみを感じた。



「なにこれ」



手の甲で目をこすり、流れ出る鼻水をティッシュでかむ。



突然訪れた体調の変化にあたしはよろよろと立ち上がった。



そうだ。



こんなところでのんびりしている暇なんてないんだ。



学校へ行かないと。



花から離れてようやくそれを思い出したあたしは、目の痒みに涙を流し、くしゃみをしながら歩きだしたのだった。


☆☆☆


「アンリ、どうしたの?」



2年A組の教室へ入ると、真先に友人の藤原アマネがあたしに駆け寄ってきてくれた。



畑を歩いてから今までずっと涙と鼻水は止まらないままなのだ。



まるで花粉症みたいな症状に、頭が痛くなってきていた。



「なんか、よくわかんないんだよね」



返事をしながら教室の時計へ視線を向ける。



走ってきたため、ホームルーム開始まであと10分ある。



あたしはホッと胸をなでおろして自分の席へ向かった。



「花粉症?」



アマネの質問にあたしは首を傾げる。



「学校へ来る途中で突然涙と鼻水が出るようになったんだよね」



「あぁ~、じゃあそれ花粉症だよ。花粉症ってある日突然発症するって言われてるし」



「そうなんだ?」



あたしは顔をしかめて聞き返した。



今まで花粉症とは無縁の生活を送ってきたので、その辛さを知らない。



アレルギーとなると、薬を飲まないといけなんだろうか?



そんな心配をしている内にホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴ったのだった。


☆☆☆


最初の不安をよそに、あたしの涙と鼻水はホームルーム中にはすっかり治っていた。



「あれ、大丈夫なの?」



休憩時間に入って近づいてきたアマネが不思議そうな顔をあたしに向ける。



「なんか平気になったよ」



頭痛もすっかりどこかへ消えてしまった。



「なんだ。花粉症じゃなかったのかな? まぁ、良かったよね、涙も鼻水も止まって」



アマネの言葉に頷こうとした時、あたしは眉を寄せていた。



つい、アマネの顔をマジマジと見つめてしまう。



「ちょっと、なに?」



アマネは怪訝そうな表情であたしを見つめる。



「アマネのオデコ、なにか書いてない?」



「へ?」



あたしの言葉にアマネは自分の額に手を当てる。



前髪がかきあげられて、額が露になった。



そこに書かれていたのは4桁の数字だったのだ。



「数字……?」

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