第3話

休憩時間になってもいつものようにアマネと会話する気分になれなくて、あたしは1人で本を広げていた。



大好きな作家の最新作だったけれど、活字を目で追いかけても内容が全然頭に入ってこない。



本からチラチラと顔を上げてクラスメートたちの数字を確認してしまう。



あんな、得体の知れない数字なんて見たくないと思いながらも、つい気になって視線を向けてしまう。



「どうしたアンリ。今日はなんか様子が変だぞ?」



声をかけてきたのは屋島ゴウだ。



よく日焼けをしてスポーツ刈りのゴウは、あたしの目にはキラキラと輝いて見える。



こんな素敵な男子があたしの幼馴染だと思うと、自然と頬がにやけた。



でも、今日はそのニヤケ顔もすぐに引っ込んでしまう。



ゴウの額にも数字が見えるのだ。



「なんだよ、人の顔ジロジロ見て」



「別に……」



そう答えながらも、あたしはゴウの数字を自分の目に焼き付けた。



34891。



みんな、数字も桁も違うことが気になった。



「ねぇゴウ。あたしの顔に何か書かれてない?」



あたしは冗談っぽくそう言い、前髪をかきあげてみせた。



あたしへ視線を向けるゴウの表情を注視する。



しかし、ゴウの表情は特に変化することはなかった。



「別に、なにも書かれてないけど?」



首をかしげてそう言うゴウが嘘をついているようには見えなかった。



「なぁ、イツミ?」



ゴウがあたしの後ろへ向けて声をかけるので振り向くと、そこには青野イツミの姿があった。



イツミは長い栗色の髪をなびかせて歩いてくる。



自分の容姿によほど自信があるのか、その歩き方はモデルのようだ。



あたしは小さくため息を吐き出してイツミから視線をそらせた。



正直、イツミのことは苦手だった。



イツミは常に人を下に見ている気がする。



「なぁに?」



猫なで声でゴウに接近し、あたしのことなんて目に入っていない様子だ。



「アンリが変なこと言うんだよ。自分に顔になにか書かれてないかって」



ゴウの言葉にイツミは大きな目を何度も瞬きしてみせ、あたしの顔を覗き込んできた。



その距離感に一瞬椅子から立ち上がってしまいそうになった。



「別に、なにも書かれてないよぉ?」



イツミはそう言ってニッコリ笑う。



そんなイツミの額にもしっかりと数字が書かれていて、あたしは息を飲んだ。



12543。



やっぱり、全員がそれぞれ違う数字を持っている。



あたしの心臓はどんどん早鐘を打ち始めていた。



この数字がどんな意味なのかまだわからないが、自分にしか見えていないという不安感に押しつぶされてしまいそうだった。



「ご、ごめん。ちょっとお腹が痛いから保健室に行くね」



あたしは早口で言うと教室から逃げ出したのだった。


☆☆☆


教室から出ても数字から逃げることはできなかった。



廊下へ出てすれ違う生徒や先生。



ドアが開け放たれた教室へ視線を向けると、そこにも額の数字が見えた。



自然と足は速くなり、不安で表情が歪んでくる。



なんで?



なんであたしには数字が見えるの?



みんなが日常生活を送る中で、ただ1人取り残されてしまったような気がした。



できるだけ人の顔を見ないように視線を下に向けたまま、あたしは保健室のドアを開けた。



「あら、どうしたの?」



息を切らして保健室に入ってきたあたしを見て、保険の先生は驚いた表情を浮かべている。



その額にもまた数字が書かれていて、あたしは全身の力が抜けていった。



壁にもたれかかるようにしてズルズルと座り込んでしまう。



「ちょっと、大丈夫!?」



慌てて駆け寄ってくる先生の数字は1023145。



思わずその数字を黙読してしまい、強く頭をふる。



「先生、あたし今朝からおかしいんです……」



手を貸してくれる先生へ向けて、あたしは今朝からの出来事をすべて説明した。



みんなの額に数字が見える。



もちろん、今先生の額に書かれている数字も見える。



だけどみんなには見えていないみたい。



鏡に写ると数字は見えなくなってしまう。



ひとつひとつ説明しながらも、自分で自分が滑稽に思えてきた。



こんなことおこるはずがない出来事なのだ。



「額の数字ねぇ……聞いたことのない話だわ」



熱心にあたしの説明を聞いていた先生は左右に首を振って言った。



「そうですよね……。ごめんなさい、変なこと言って」



これ以上先生の手を煩わせるわけにはいかない。



大人しく教室へ戻ろうと立ち上がった時「少し休憩していく?」と、声をかけてくれた。



「でも、私どこも悪くないし……」



「本人が大丈夫だと思っていても、本当は心が弱っていることってあるのよ? もしかしたら、数字が見える力も心が関係しているかもしれないわ」



先生が優しい笑みを浮かべて言う。



「そうなんですか……」



「どんなことでもいいから、先生に話てみない? そうすれば、なにか変わるかもしれないよ?」



あたしは一瞬戸惑い、それから先生の言葉に甘えて椅子へと戻ったのだった。

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