第5話
せっかく保険の先生に話を聞いてもらって少し落ち着いていた気持ちが焦り始める。
やっぱりこれは異常だ。
あたしの目が悪いのか、精神が参っているのかわからないけれど、こんなことあるはずがないんだから。
知らずに早足になり、眼科の看板が見えたときには走りだしていた。
眼科へ飛び込んでいくと幸い午前の診療はまだ行っていて、待合室に数人の患者さんが座っているだけだった。
診察券を受付に出し、白いソファに身を沈めるとようやく汗が引いてきた。
しかし、待合室に座っている人も、受付のお姉さんにも数字が見えた。
待合室にいる3人の患者さんはみんな知りあいのようで、小さな声で談笑している。
そこから聞こえ漏れてくる会話は、育てていた花が咲いただの、野良犬に靴を片方持っていかれただの、他愛のないものばかり。
互いの額に書かれている数字に関してはなにも触れていなかった。
それから30分ほどであたしの番がやってきた。
50代のスレンダーな体系の女医が「どうしましたか?」とあたしの目をまっすぐ見つめて聞いてくる。
あたしはどうしても相手の額に視線を向けてしまった。
そこにもやはり、数字が書かれている。
あたしは大きく息を吸い込んで「今朝から目の調子がおかしいんです」と、伝えた。
「どのようにおかしくなりましたか?」
その質問に一瞬言葉を詰まらせた。
素直に説明して信じてもらえるかどうかわからなかったからだ。
だけど、ここまで来てなにも話さずに帰るわけにはいかない。
あたしは覚悟を決めてゴクリと唾を飲み込んだ。
「変な数字が見えるようになったんです」
「数字……?」
先生は眉間に眉を寄せて聞き返す。
「そうです。友達や、先生。それに知らない人も、全員の額に数字が書かれているように見えるんです」
自分で説明しながら、笑いそうになってしまった。
だって、こんなことありえないのだから。
目の前に座っている先生も困ったように首をかしげている。
「目か脳に異常があるのかもしれませんね。検査してみましょう」
脳という言葉に一瞬恐怖心が湧きあがった。
もし異常があるのが脳だとすれば、簡単な検査が済まなくなるだろう。
それに治るかどうかもわからない。
「お願いします」
あたしは覚悟を決めてそう言ったのだった。
☆☆☆
数時間後、あたしは家から近い内科から出てきた。
そして空を見上げて大きなため息を吐き出す。
眼科で目を見てもらった結果、なにも異常は見られなかった。
それで本当に脳がおかしいでのはないかと不安になり、眼科の先生に紹介状を書いてもらい、ここへ来たのだ。
しかし、結果は眼科と同じで異常なしだった。
「絶対におかしいのに……」
そう呟いて歩き出す。
眼科の先生も、内科の先生も異常なしだと診断を下したけれど、その間にもあたしの目には数字が見えていた。
みんな桁はバラバラだけれど、誰もに数字は表れていた。
試しに院内にいた患者の数字を読み上げてみせたりしたけれど、信用してもらえたようには思えなかった。
最後には「精神的なものが原因かもしれないから」と言われ、心療内科へ行くことを勧められてしまった。
保健室の先生も言っていた。
平気なように見えて、実は精神的に追い詰められている時もある。
あたしは今そういう状態なんだろうか?
考えてみてもピンとこなかった。
学校で特別勉強ができないわけでもないし、スポーツも好きだ。
それに友達や好きな人もいて充実している。
たまにはイツミのような癖のある子と関わらないといけなかったりするけれど、それはあたしに限ったことじゃない。
それともあたしは、自分が思っている以上に心が弱い人間なんだろうか?
考えても考えても答えはでない。
道行く人たちをなるべく視界に入れないよう、早足で家へと向かう。
今日は母親はパートで父親は仕事に出かけていて、家にはあたし1人だ。
家に入ると人の数字を見ることもないので、ようやく安堵することができた。
そのまま真っすぐ自分の部屋に入り、机に座ってお弁当箱を開けた。
スマホで時間を確認してみると、学校でもちょうどお昼休みに入った時間帯だった。
《ゴウ:大丈夫か?》
いいタイミングで送られてきたゴウからのメッセージに胸が熱くなるのを感じる。
休憩時間に入ってすぐに送ってくれたみたいだ。
嬉しくて自然と頬が緩む。
《アンリ:うん。大丈夫だよ》
そう送った瞬間ゴウの額に書かれていた数字を思い出して、いっきに気分が落ち込んでしまった。
ゴウの数字は確か、34891。
どういう意味なんだろう?
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