第14話

☆☆☆


元々アマネはクラスから浮いている存在だった。



なにをやらせてもダメだから、それも当然のことなのだけれど、あたしが離れることでアマネへの風当たりが強くなるのは一瞬の出来事だった。



「ちょっとアマネ、消しゴム貸してくれない?」



アキホと2人でバレーの話をしている中、イツミのそんな声が聞こえてきてあたしは視線を向けた。



アマネは深く考えず、イツミに消しゴムを貸している。



「サンキュ!」



イツミは軽くそう言うと自分の席に戻り、ハサミでその消しゴムを切り刻み始めたのだ。



あっと思って声をかけようとしたが「アンリ聞いてる?」とアキホに言われて言葉が出て来なくなってしまった。



イツミはアマネの消しゴムを細かく切り刻むと、それをひとつずつアマネへ向けて投げつけ始めたのだ。



「ちょっと、なにするの?」



アマネが大きな声を上げるとイツミはそれよりも大きな声で笑う。



「それ、あたしの消しゴムじゃないの!?」



「そうだよ? だからなぁに?」



イツミは次々と消しゴムをアマネに投げつける。



今までこんなことはなかったのに、クラスメートたちはみんなクスクスと笑っているばかりだ。



どうしよう。



誰も助けないのなら、行ったほうがいいだろうか?



「幼稚だよねぇイツミって」



アキホが呆れたように言っている。



「そうだよね。あたし止めてくる」



そう言って席を立とうと思ったが、アキホがあたしの腕を掴んで引きとめていた。



「ダメだよ、アマネを甘やかしちゃ」



「え?」



「アマネはずっとアンリに甘えてたんだよ? わかるでしょう?」



そう言われてあたしは首をかしげた。



「そう……かな……?」



本当は違うとわかっていた。



第三者から見てアマネはあたしの後ろについて回っているように見えても、アマネは何度もあたしを助けてくれたことがある。



ゴウに昼ご飯に誘われたときだってそうだ。



どうにかイツミを引き離そうとしてくれた。



でも、日ごろトロ臭いアマネを見ているみんなは、そうは思わないのだ。



「無視するのも愛情だと思うよ?」



アキホの言葉にあたしはそのまま椅子に戻ってしまった。



視界の端でアマネの姿が見えているのに。



アマネはうつむき、今にも泣いてしまいそうな顔しているのに。



あたしはそれを無視して、アキホとの会話に戻っていったのだった。


☆☆☆


アマネをイジメても、もう誰も助けない。



その事実はあっという間にクラス中に広まった。



勉強もスポーツも得意でないアマネのことを疎ましく思っている生徒は想像以上に多かった。



「この数式は記憶しておいた方がいいよ?」



ヤヨイがあたしのノートに赤い丸記しを付けてくれる中、アマネが1人で教室から出ていくのが見えて視線を向けた。



「トイレかな?」



「行ってみる?」



その後すぐそんな会話が聞こえてきて、3人の女子生徒たちがき教室を出ていった。



「あれ、ヤバイかもね?」



ヤヨイが勉強をやめて呟く。



「トイレでイジメられるってこと?」



「そんな雰囲気しなかった? 閉じ込められて水をかけられるとか?」



ヤヨイの言葉にあたしはアマネが出ていったドアを見つめた。



本当にそんなことになるだろうか?



イジメの鉄板ネタだとしても、今まで1度も見たことはない。



「心配なら行ってみたら?」



「ヤヨイは行かないの? 学級委員長だよね?」



「あたしはクラス内の出来事を先生に報告するだけだよ。わざわざ危ない場所にはいかない」



ヤヨイはとても効率的にクラスを良くしようと考えているみたいだ。



自分がイジメ現場へ行ったところでなにもできない。



または自分がイジメの標的になってしまうと理解している。



「ちょっと、様子だけ見てくるね」



「わかった。無理はしないでね? 友達が傷つく姿は見たくないから」



ヤヨイの言葉にあたしは頷いて教室を出たのだった。



アマネが入ったのはA組の近くのトイレみたいだ。



中から女子生徒たちの笑い声が漏れてきている。



もう遅かったかもしれない。



そう思いながらも、何食わぬ顔をしてトイレのドアを開けた。



「ぎゃははははは!!」



その瞬間、下品な笑い声が聞こえてきてあたしはトイレ内を見回す。



女子生徒3人が個室の前に立っていて、個室の上に青いホースが入れられているのがわかった。



ホースの端は蛇口につながれ、すでに水が出ているようだ。



それを確認した瞬間個室からすすり泣きの声が聞こえてきてあたしの胸はズシンと重たくなった。



間に合わなかった。



もし間に合えば、先生に呼ばれていたとか嘘をついて助け出すことができたかもしれないが、ここまで来るともうダメだった。



どう考えてみても、自然を装って助け出すことはできない。

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