第9話

☆☆☆


食堂内はとても賑わっていた。



「ここでお弁当を広げるのってなんか申し訳ないね」



あたしは自分のお弁当箱を見下ろして言った。



アマネとイツミの2人もお弁当持参だ。



「本当だね……。でもほら、あそこにもお弁当広げてる子がいるし、きっと平気だよ」



そう言われて視線を向けると、確かに他にも数人お弁当を広げている生徒の姿があった。



自分たちだけじゃないことがわかり、ひとまず安心した。



「先に座ってて、俺なにか買ってくるから」



ゴウの言葉にイツミがかわいらしく「はぁい」と返事をしている。



もしかしたらあの2人ははたから見たらカップルに見えるかもしれない。



そう考えると胸の中に嫌な感情が湧き上がってくる。



「アンリはここに座って」



アマネに促されて座ったのは2人かけのテーブル席だった。



「え? アマネも一緒に食べるでしょう?」



「あたしとイツミはこっちで食べるから平気」



そう言い、アマネは隣のテーブル席に座った。



「ちょっと、勝手に決めないでくれる?」



お弁当箱を片手にアマネを睨みつけるイツミ。



アマネはイツミの鋭い視線に一瞬ひるんだ様子を見せたけれど、目は逸らさなかった。



「勝手についてきたのはイツミでしょ」



あたしは横から声をかける。



アマネ1人に任せておくわけにはいかない。



「なにそれ。ちょっとゴウ君から声をかけられたからって調子に乗ってるんじゃないの? あんた、ただの幼馴染だから声をかけられただけだってわからない?」



イツミの言葉に胸の奥がズキンッと痛んだ。



ゴウとあたしはただの幼馴染。



そんなのわかっている。



だからこそ、ゴウは頻繁にあたしに声をかけてきてくれるのだ。



勘違いしちゃいけないことくらい、わかってる!



そう思っても、イツミに図星をつかれた気分になって落ち込んでしまう。



「ゴウ君に相応しいのはあたしだからね」



イツミは強い口調でそう言うものの、アマネと一緒のテーブルに座った。



やがてゴウはカレーラースをトレーに乗せて戻ってきた。



「おまたせ」



そのままあたしの隣に座り、ほほ笑む。



その表情にあたしの心は一瞬にしてゴウに捉われてしまうのだ。



勘違いしちゃいけないと、ついさっき思ったばかりなのに。



「アンリの弁当って旨そうだよなぁ」



ゴウがあたしのお弁当箱を覗き込んでそう言う。



「た、食べてみる?」



おずおずとお弁当箱をゴウへ近づける。



「まじ? いいの?」



目を輝かせておかずを選ぶ姿が可愛くて、つい噴き出してしまいそうになる。



その時だった。



ゴウの額にある数字が視界に入った。



気にしないようにしていても、これだけ近い距離だとどうしても見てしまう。



「どうした?」



「え? あ、ごめん。なんでもない」



慌ててゴウの額から視線を逸らせる。



「昨日は体調が悪かったみたいだし、本当に大丈夫か?」



ゴウが心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。



そんなに近くで見られたた恥ずかしい。



そう思って身を離そうとした時だった。



あたしはゴウの額の数字が動くのを見たのだ。



「え…‥」



それは一瞬の出来事だった。



額の数字はインクが滲むようにジワリと歪み、次の瞬間別の数字として再び現れたのだ。



あたしは目を見開いてゴウの額を見つめた。



目をこすってみても、数字は変更されたままだ。



昨日見た数字は34891。



でも今は34990になっている。



プラス99だ。



その変化に知らない間に口をポカンと開けてしまっていたようで、ゴウから「アンリ!?」と声をかけられるまで我を忘れていた。



「あ、えっと……なんだっけ?」



「大丈夫か? 体調悪いんじゃないか?」



「ううん。本当に大丈夫だよ!」



今の変化は一体なんだろう?



どうして数字は増えたんだろう?



頭の中は混乱し、視線はゴウの額へと向かってしまう。



その時だった。



隣りのテーブルに座っていたアマネがパックのジュースをテーブルから落として「きゃあ!」と、小さな悲鳴をあげた。



「ちょっとなにしてんのよ!」



イツミは不機嫌な顔でアマネに怒鳴る。



その時、イツミの額の数字が歪んだのだ。



あたしはハッと息を飲んで数字を見つめる。



一瞬歪んだ数字はすぐに元通りになるが、それは最初とは違う数字だった。



12520。



確か、イツミの最初の数字は12543だったはずだ。



「減ってる……」



思わず呟き「え?」と、ゴウが首を傾げる。



「な、なんでもないよ」



慌ててそう言ったが、数字の変化にどんどん自分の脳が混乱していくのがわかった。

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