第29話
「アンリ。一緒に食べよう」
ゴウは今日もあたしを誘ってきた。
笑顔で『うん』と答えようとしたとき、視界にイブキが入ってきた。
イブキはあたしと視線がぶつかり、ほほ笑んでくる。
そしてあたしの机の上にあるネコサンシャーペンを見て目を輝かせたのだ。
あたしの机へ向けて指をさし「それ」と、ほほ笑む。
一連の動作を見ていると、やっぱり胸がドキドキしてきた。
声に出さない会話は2人だけの特別なものだ。
「……ごめん。今日は教室で食べる」
夢に浮かされているようなぼーっとした気分で、あたしはゴウへ向けてそう言ったのだった。
☆☆☆
ゴウが1人で教室から出ていくと、すぐにイブキが近付いてきた。
「ネコサン、好きなんだ?」
「う、うん……」
教室に残っている女子生徒たちからの視線が気になる。
でもそれはいい気分でもあった。
イブキと会話しているだけでこれだけ注目されるなんて!
「イブキも、ネコサン好きなの?」
「大好きだよ! アニメも見てるんだ。力なく『なぁお』って鳴くのが可愛くてさ、ついグッズまで集めちゃって、男子たちからはからかわれるだけど、それでも好きでね」
イブキは同士を見つけて嬉しそうに話す。
その表情がとても可愛くて、あたしはキュンキュンしっぱなしだ。
あたしは相槌をうちつつ、自分のスマホを取り出した。
「あたし、ネコサンのスタンプも持ってるよ」
「嘘! ちょっと送ってみてよ!」
イブキの好反応を確認しつつ、目がハートマークになっているネコサンスタンプを送る。
「うわ、可愛い! こんなのあったんだ!」
まるで女子のように喜ぶイブキ。
あたしは次々にネコサンスタンプをイブキに送った。
最初のメッセージさえ送ることができれば、後はハードルが下がっていく。
そう思ってあえてスタンプの話を振ったのだ。
これから先あたしはイブキにメッセージを送りやすくなるし、イブキも返事がしやすくなるはずだ。
その時にネコサンスタンプを使えば、更に盛り上がるかもしれない。
こうしている間にもゴウはひとりで昼食を食べていることなど、あたしの頭には少しも過らなかったのだった。
☆☆☆
「ねぇ、イブキ君といつの間に仲良くなったの?」
少しキツイ口調でそう聞いてきたのはイツミだった。
イブキが教室から出ていったタイミングで声をかけてきている。
「さぁ……いつの間にか、かな?」
あたしは適当に返事をする。
イツミの価値は今やクラス最下位だ。
会話をする価値もない相手。
本人はそんなこと全く気がついていないようで、いつものように自信に満ちた表情を浮かべている。
知らぬが仏とはこのことだ。
「なにそれ。あたしたちみんなイブキ君と仲良くなりたいと思ってたのに!」
「そんなこと言われても困るよ。だいたい、誰と仲良くなるかはイブキが決めることでしょう?」
あたしの言葉にイツミは目を見開いた。
あたしがイブキを呼び捨てにしたことに衝撃を受けたみたいだ。
「あんたにはゴウがいるでしょう?」
そう言われ、あたしはゴウへ視線を向けた。
友人と一緒にサッカー雑誌を見ている。
「ゴウはゴウ。イブキはイブキだよ」
そうだ。
それにあたしはイブキの彼女になったワケじゃない。
クラスメートと仲良くしているだけなのに、文句を言われる筋合いはなかった。
「ちょっとイツミ。そういうのやめなよ」
一部始終を見ていたヤヨイが声をかけてくる。
「だって、アンリは誰にでもいい顔してるから!」
「誰にでも不満をぶちまけてるよりマシでしょう? それに、ゴウ君もイブキ君もイツミのものじゃないんだから」
そう言われるとイツミは黙りこんでしまった。
いつもノートを借りているヤヨイに対してはキツク出ることができないみたいだ。
イツミは大股でアマネの机まで歩いて行くと、机の上に置いてあった教科書やノートをまき散らした。
アマネが抗議の声を上げるが、イツミは聞こえないふりをしてアマネの椅子を蹴飛ばす。
「イツミは本当に幼稚なんだから」
あたしはそう呟いて、内心ニヤリと笑ったのだった。
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