綾の独白
俊君があさってわたしの部屋に遊びにきてくれることになった。
約束どおり、なにかお料理をつくるつもり。
なににしようか、とレシピの本のページをめくるのは楽しいものね。
とはいえ、この本に載っているレシピは全て既にわたしの頭の中にあるの。
料理人のお父さんに色々と教えてもらったのは僥倖ね。
この本に載っているのより、美味しいものを作ることができる自信があるわ。
わたしが料理が得意なのを友人たちは知っている。
だから、彼氏に料理を振舞いたいとレシピを習いにくる子達は結構いる。
そんなときは、大抵肉じゃがの作り方を教えるの。
無難だし、簡単な割りに手が込んでいるように見えるのがポイントね。
彼女たちは大抵「おふくろの味」なんてもので相手の胃袋をつかもうとする。
わたしに言わせてみれば、それはあまりに直球過ぎるのよね。
はじめは誰でも簡単に作れちゃうと明らかに分かるものが無難だと思う。
カレーだとか、パスタだとか。
インスタントを使ったって構わないのよね。
まあ、私はインスタントは使わないけれど。
―沙耶。
あの人が俊君と一緒にいるところを見たときはとてもショックだった。
入学式の時、わたしは俊君にひとめぼれした。
なのに高校生のころからの付き合いだなんて。
敵わないと思った。
モデルのように、とまではいかないけれどすらっとした姿。
わたしにはないもの。
奪ってやりたいとどれだけ願ったか。
レシピの本をめくる手を止めた。
そうだ、ミートソースのパスタにしよう。
ミートソースはレトルトのパウチがあるけれど、手作りしたほうが断然おいしい。
ひき肉もお手製のほうがより美味しい。
ちょっと手間はかかるけれど。
そうだ、包丁を確認しなければ
お父さんが修行時代に使っていたという包丁。
少し研いだほうがいいかしら。
砥石を取り出して作業を始めると、思わず鼻歌がでてしまう。
サティの"Je te veux"。
「あなたが欲しい」という意味の曲。
敵わないと思っていたあの人から、わたしは俊君を奪ってみせた。
包丁を研ぐ音と、わたしの鼻歌が調和していてなんだか可笑しい。
俊君、あなたがもっともっと欲しいわ。
あの人のことは忘れてしまってね。
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