沙耶の独白
俊があの子になにも伝えていないのは分かってる。
でも。
でも、それでもいいなんて思ってしまう自分が惨めで悔しい。
「二番目でいいの」
そんなセリフ、吐きたくはない。現状としてはそうなるのかしら。
いつも通っていたあの店に、俊が一緒に行ってくれたのは嬉しかったわね。
学校から遠い店に行こうなんて言われた日には、惨めさが膨れあがってどうしようもなかったかもしれない。
私自身、直樹になにも言っていないから、お互い様ってところかしらね。
ああ、でもね。「よりを戻した」なんて訳じゃないわよ。
今日はただ一緒にお茶にいっただけ。そう、それだけ。私はなにもしていない。俊が誘ってきたから、それに乗ったの。
それのなにが悪いっていうのかしらね。
俊が私「だけ」を純粋に求めてくれたら。いや、もう一度本当に戻ってきてくれたら。私はどれだけ嬉しいだろう。
……「戻ってくる」だなんて、ちょっと悔しいったらないわね。
あんなコドモっぽい子。アレに奪われただなんて。
ねぇ、俊。あなたがしっかりけじめをつけてくれたら。そうしたら私もしっかりけじめをつけるわ。お互い、この短い期間のことはなかったことにして、もう一度一緒に歩きましょう。
なんとなくつけていたテレビから楽しげな曲が聞こえてくる。ああ、これはモーツァルトの「パパパの二重唱」。以前聞いて、なんて面白いんだろうってスマートフォンの着信メロディにしたんだっけ。
孤独なパパゲーノの前に現れた、パパゲーナ。パパゲーノは彼女に対して恋心を明かす。呼応してふたりで歌い上げるこの曲。
パパゲーノの「おまえは本当に全て俺のものかい?」
ああ、俊。あなたがそう言ってくれたら、私もパパゲーナのように「ええ、全てあなたのものよ」って答えるわ。
思わず一緒に口ずさんでいたら、スマートフォンから同じメロディが流れてきた。
なんて偶然。ちょっと笑ってしまって画面をみたら、直樹からだった。少し考えて、無視することにした。後でかけ直せばいい。
ついでに画面をタップして、アドレス一覧を見る。「あ」の項目の一番最初に記されている「綾ちゃん」。
なんとなくそれを編集した。「ちゃん」を消して「綾」とだけにした。どうしてそうしたくなったのか分からない。
ねぇ、パパゲーナ。貴女が少し羨ましいわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます