そして、部屋で。
食事を終えると、沙耶は自分のアパートに帰ると言いだした。久しぶりの部屋での逢瀬。もう少し時間を共に過ごしたかったのだが……(あわよくば)……少々の失望感を抱きつつ、俊は彼女を見送った。
しばし静かな時間が流れる。するとチャイムの音が聞こえた。沙耶が気を変えて戻ってきたのだろうか、そんな期待を胸にドアを開けると、そこには綾が立っていた。
「こんばんは、俊くん」
「あ、あぁ、おう」
かなりの戸惑い。まさか綾がくるとは思ってもみなかった。
「あのね、鍵を忘れちゃったような気がするんだけど」
「あぁ、ちょっと待って。取ってくるよ」
俊がそう答えて部屋に戻ろうとすると、綾が服を引っ張って止めた。
「あの……部屋にはいっても、いい?」
「えぇ……っと……」
「少しだけ、お話したいの。ね? いいでしょ」
部屋にいれるくらいなら特段に問題はないだろう。俊はそう考えて、綾を迎え入れた。部屋の片隅に落ちていた鍵を綾に渡す。
「良かったぁ、どこに落としたのか、とっても気になってたの」
「そか、良かったな」
「俊くんの部屋なんじゃないか、って思って。来てみてよかった」
「明日にでも渡そうと思ってたのに」
「気になると、どうしても、ね?」
屈託なく答える姿。それにはやはり、沙耶とは違う別の魅力がある。
「お茶でも淹れようか」
「私が淹れるよ。実はクッキーを焼いてきたのです」
そう言って、綾はバッグからクッキーが入った袋を取り出した。袋の口は愛らしいリボンで括られている。
しばらく無言で過ごした。何を話せばいいと言うんだろう。部屋に入れてしまったのはもしかしたら失敗だったかもしれない。俊がそう考えていると、綾がお茶を一口飲んで呟いた。
「ねぇ……ちょっとだけでいいから……キスして」
「え?」
「俊くんが遠くなっちゃって、すごく淋しいの。お願い。少しだけでいいから」
どうしたものか……沙耶とよりを戻したばかりなのに。しかし、ここで綾の思いに応えたとして、咎めるものはいやしないだろう。俊は一瞬迷ったあと、彼女の肩をそっと抱き寄せた。少し痩せたような気がする。
ふわり、と漂う、綾の髪の香り。
俊はそのまま綾の服に手をかけた。
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