春休み。 その1

 春休みがやってきた。

 はいえ、まだ2月。春という気分ではないが、とまれこの期間は「春休み」だ。

 お楽しみ……と俊には思い切れなかったが、若干浮かれた気分も多少はある。

 もしかしたら、また沙耶と思いを交わすことができるかもしれない。

 そんなよく考えればくだらない期待が俊の中にはあった。


 そう。くだらない。あり得ないだろうし、そんな期待をするのは間違っているのは分かっている。

 それでもなお、沙耶への未練が俊の心に引っかかっていた。


 あれこれと考えている間に旅行の日がやってきた。

 旅行とはいっても、近隣ではあるが。

 集合場所は大学の正門前。

 猿渡が全員乗れる車をレンタルしてくれるらしい。


 俊が待ち合わせ場所につくと、既に隆とその彼女がいた。

 彼女の名前は真由美。

 俊と同じ授業をいくつかとっていて、面識もある。


「俊君、今日から1泊2日、よろしくね」


 笑顔で真由美は言った。


「ああ、よろしく。 なんだか変わった組み合わせになったけれど」

 と俊は苦笑いした。


「ふふっ、話は聞いてるの。 せっかくの旅行だし楽しみましょう」


 真由美はどちらかというと落ち着いた雰囲気を漂わせているタイプ。

 冷静で、それでいて冷たい印象ではなく「大人」な感じ、といったところだろうか。



 隆や真由美と話している間に綾がきた。

 大きな荷物を持っていたので、俊が持つことにした。

 直樹と沙耶も手をつないでやってきた。

 遠目にその姿を見たときは、妬ける気持ちが俊の心によぎったが、それを抑えて笑顔で出迎えた。


「猿渡先輩、遅いな」


 隆がスマートフォンで時間を確認して言った。

 待ち合わせ時刻から15分ほど過ぎていた。

 隆は時間に細かいほうで、待ち合わせにはいつも10分ほど前にはついている。


「レンタカーの手続きに手間取ってるんじゃないか」


 そう直樹が言うと、


「ああ、そうか。その辺まかせきってるもんな」


 と隆も納得したようだ。


 5分ほど後、ワゴン車がやってきた。わナンバーのそれが校門前に止まる。


「わりぃ、わりぃ。ちょっと道が混んでいてよ」


 と猿渡が車から降りて言った。

 それぞれ荷物を車に載せ、出発。

 目的地までは1時間ほど。

 みなでわいわいと話しながら過ごしていると、あっという間に着いた。


 貸し別荘の鍵は猿渡が預かっていた。

 中にはいると意外にきれいで広い。

 「贅沢気分を味わう」という役目は十分果たしているようだ。


 それぞれカップルごとに部屋にはいることになった。

 猿渡は個室だ。

 沙耶は今晩、直樹に抱かれるのだろうか。

 そんな想いがよぎりそうになったが、俊は綾の手を引いて部屋にはいった。


 リビングに戻ると、夕食の準備を始めることになった。

 時間は少し早いが綾のいうところによると早めに作っておいたほうがいいらしい。

 この人数を簡単に賄える料理といえばカレーだろう、ということで事前に食材は買ってある。

 俊と直樹、隆は綾の指導の下、サラダを作ることになった。

 沙耶と真由美、猿渡がカレーを作るらしい。

 オープンキッチンなのでみんなで歓談しながらの作業となる。


 余計なことは考えずに楽しもう、俊はそう思った。

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