直樹の独白

 もしかすると、俺は道化なのだろうか。最近そう思う。周りの動きに惑わされ、自身の立ち位置すらはっきりしない。

 足元をしっかり見ているつもりなのに、周りだけが勝手に動いていく。なんという虚しさ。なんという無様さ。


 沙耶はきっと自分の元に帰ってきてくれると俺は信じている。彼女はあんな馬鹿馬鹿しい関係の中にいるような女ではない。俊が特段に馬鹿なだけで、俺達の関係を乱している、ただそれだけだ。

 あんな風にあちらこちらと彷徨うろついていれば、沙耶もきっと呆れ果てて、俺の元に戻ってくるだろう。


 それよりも夏休みだ。猿渡先輩がなにやら企んでいるらしい。きっとまたあの別荘で遊ぶのだろう。その時にこそ。今度こそ沙耶をはっきりと俺のものだとけじめをつけてやろう。


 その前にだ。恐らくふたりは一緒に帰郷するだろう。焼け木杭ぼっくいに火が付くなんてことになりはしないだろうか。そうならないためになにか動いたほうがいいのだろうか。少しは動いているつもりだが、未だ足りないのかもしれない。

 もう少し。もう少し足掻いてみよう。沙耶だって俺の気持ちを多少は分かっているに違いない。取り戻したいのだ、彼女を。


 なんとなく流していたCDから音楽が聞こえる。兄が置いていったCD。マドレデウスの「海と旋律」という曲。民族的なメロディにどこか悲痛さを感じるボーカル。夢想の中で孤独を感じているようなこの曲は今の俺の心情そのままだ。

 ああ、俺はまだ夢想の中でひとり彷徨さまよっている。俺の船はどの岸にたどりつくのだろうか。それが沙耶であることを心から願っている。

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