裏切り。

 誰かのために作るなんて久しぶりだからこんなものしか、と出された綾の手料理は大層美味しかった。

 正直、店で食べるのよりも美味しいと俊は思った。

 その後はしばらく雑談していたが、当然の流れのように俊は綾を抱いた。


 雑談中は意外と男慣れしているような雰囲気を持っていた綾だったが、彼女は「初めて」だった。


 少し怯えた様子を見せた綾。そして破瓜の血に俊は歓喜した。

 それから1週間。毎日ふたりは愛しあった。


 思えば俊の「初めて」は沙耶だった。

 お互い初めてで、ぎこちなかった睦みあいは俊にとって過去のものになろうとしていた。

 沙耶の体から綾の体に馴染みつつあった1週間目。

 ちょっとした「事件」が起きた。


 俊と綾が学内の中庭でくつろいでいたときのこと。

 二人の男女が腕を組んで近づいてきた。


「よ、おふたりさん。仲いいね~」


 そう言って笑ったのは直樹。

 そしてその隣にいたのは沙耶だった。


「あれ? ふたりって付き合ってんの?」


 そう俊が聞くと、


「そそ。なんか沙耶とおまえ、別れた後も仲良さ気だったから言えなかったんだけどさ。前に彼女ができた、って言っただろ。それ、沙耶なんだよ」


 その言葉に俊は愕然とした。


 自分と別れる前から既に付き合っていた?

 つまり、二股をかけていたのか?

 人のことを言えた義理ではないが、沙耶がしていた「裏切り」をいまさら知ったことに俊は憤りさえ覚えた。そして恥も。


 それを抑えて俊は笑顔で、努めて笑顔で答えた。


「なんだよ、早く言ってくれればよかったのに」


「……あの、俊。そういうことじゃなくて……」


 沙耶が何かあわてたように言いかけたが、


「いやあ、おめでとう。これから仲良くな!」


 と、俊はさえぎった。


「じゃあ俺、この後の授業は綾と同じだから」


 そう言って綾の手を引き、その場から俊は去った。


 沙耶を裏切っていたことに一抹の申し訳なさを感じていた自分は馬鹿みたいだ。

 俊はそう思った。


 裏切っていた。裏切っていた。裏切っていた。


 綾に惹かれている自分が悪いやつのように思っていた頃、沙耶は直樹の腕の中にいたのだろうか。

 俊にはその風景が見えるようだった。

 既に終わった関係ではあるが、沙耶の裏切りは俊の心に黒い染みを広げていた。

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