学生食堂にて。
午後の学生食堂は比較的すいていた。
昼どきともなると大賑わいのこのスペースも、午後の授業が始まったこの時間は穏やかだ。
6人がけの広々としたテーブルにふたりは座った。
俊と綾が取っていた授業は休講だったので、遅めのランチをそこでとる約束をしていた。
他愛のない話をしながらくつろいでいると、コーヒーカップを片手に持った直樹が近づいてきた。
一瞬黒い想いがよぎった俊だったが、努めて平静を保ち笑顔で迎えた。
俊の隣に直樹が座る。
―遠慮してくれてもいいのに
一瞬そう思ったが、沙耶への複雑な想いを持っている今、綾との関係に遠慮してほしいと感じることに俊は少し滑稽さを感じた。
「あのさ、ちょっと思いついたんだけど」
直樹が笑顔で言う。
「なに?」
「俺と沙耶、んでお前と綾ちゃんの4人でさ、どっか旅行行かないか?」
なんたる無神経な提案!
俊はそう思った。
「お前……。俺はいいけどさ、沙耶は俺の元カノだぜ? いいのかよ、そこんとこ」
「俺は構わないけど」
「いや、沙耶はなんて言ってるんだ?」
「行ってもいいって言ってた」
直樹のその返事に俊は少し傷ついた。
沙耶にとって自分は既に過去の人間なのだろう。
この計画に難を感じたのは、沙耶と直樹が親しげにしているところを見たくなかったからだ。
沙耶も、自分と綾が仲良くしているのを見るのは不愉快だろうと思っていたのだ。
綾はそんな俊の想いは知らないだろう。
旅行には賛成のようだ。
「じゃあさ、誰か他にも誘おうか」
直樹が提案する。
「誰を誘うんだよ」
「例えばさ、あそこのー」
と言って直樹は厨房の食事受け取り口に立っている人物を指差した
猿渡だ。ひとつ年上の猿渡は非常に面倒見がよく、後輩である俊たちに学生生活について色々とアドバイスをしてくれている。
「猿渡先輩~! お願いがあるんすけど!」
直樹がそう呼びかけると、受け取りを済ませトレーをもった猿渡が近づいてきた。
「んだよ、なんか面倒くせぇことかぁ?」
そう言いながらも猿渡は笑顔だ。
面倒見はいいが、若干口は悪い。
しかし、よく顔をみると意外と端正な顔立ちをしているのが分かる。
口さえ悪くなければさぞかしもてるだろうに、というのが後輩たちの間での共通認識だ。
猿渡も同じテーブルにつく。
ことのいきさつを直樹が説明すると、ははは、と猿渡は笑った。
「おーけー、おーけー。 いっしょに行こうぜ。なんなら他にも誘うか」
「誰を?」
俊がそう聞くと、少し考えて猿渡が答えた。
「隆なんかいいんじゃなねぇか、あいつも彼女つれてくればいいだろう」
そう言ってスマートフォンを取り出す。
「ちょっと連絡してみるよ」
そう言って画面をタップし、電話をかける。
しかし、出ないようだ。
「出ねぇなぁ。 授業中か」
猿渡がテーブルの上にスマートフォンを置いたのを確認して、話を続けることにした。
旅行の行き先は大学からそれほど遠くないとある地域に決めた。
そのあたりには数日借りることができる別荘が立ち並んでいる。
好景気時代には人気があったそうだが、今では寂れ、学生たちがしばし贅沢な気分を味わう場になっていた。
問題は何人泊まることになるかだが、隆と連絡が取れないことには仕方がない。
隆は綾と沙耶、そして俊との関係は分かっている。
彼と猿渡がいればいい緩衝材になってくれるだろうに。
―と、テーブルのスマートフォンからピアノ曲が流れた。
なんというタイトルだったろうか、と俊は思った。
どこか儚い美しいメロディ。
それもすぐに途切れた。着信音だったからだ。
どうやら隆からだったようだ。
電話を切った猿渡は、隆も旅行に乗り気だと言った。
「その着メロ、似合わないっすね」
直樹が笑いながら言う。
「うっせーよ、なんか気に入ったから入れてみただけだよ」
直樹のからかいに猿渡は笑いながら答えた。
旅行の手配は猿渡がしてくれるという。
綾は猿渡とは初対面だったので、電話番号を交換した。
穏やかな午後の時間が流れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます