春休み。 その2
夕食の準備は手際よく進んでいた。
綾に言わせると「まだまだ」らしいが。
学生の団体利用が多いこともあるのだろう。
食器の類も多くそろえられているし、包丁なども複数あった。
「サラダくらいさくっと作れないとモテないんだからね!」
などと綾は張り切って俊たちに「指導」している。
「『モテる』っても、俺もう沙耶と付き合ってるしなぁ」
とおどけたような口調で直樹が言った。
「沙耶さんにつくってあげるのよー」
不器用な手つきでトマトを切っている直樹のフォローをしながら綾は笑った。
カレー作り担当班も順調よく進んでいるようだ。
スパイスのいい香りが漂ってきている。
そちらはそちらで和気藹々と楽しんでいる。
「ん、いいんじゃねーか、この味」
味見をした猿渡が満足そうに微笑んだ。
「まだまだ、もうひとつありますよ~」
真由美はエプロンのポケットからなにかを取り出した。
俊からはパッケージがよく見えないが、胡椒などの小さな瓶に似ている。
「スパイスをもうひとつ! これが決め手です」
「なんだ、そりゃ」
「ガラムマサラです」
「んあ? ガラ……なんだって?」
「ガラムマサラ。色んなスパイスが入ってるんですよ」
「へぇ……私も今度使ってみようかしら」
沙耶が興味深げにその瓶を見ていた。
直樹にカレーを振舞う沙耶の姿を想像した俊はその風景から目をそらし、手元の作業に専念することにした。
夕食はカレーとサラダだけ。
簡単に済ませてその後はスナック菓子で酒を飲むことにしていた。
女性陣はやや少なめに食べていたが、男性陣はお代わりをして鍋はあっさりと空になった。
どんな雰囲気での食事になるだろうと心配していた俊だったが、和やかなその様子に安堵した。
やはり隆たちと猿渡がいるだけで随分と違う。
恐らく直樹たちと4人なら、俊は会話に困ったことだろう。
隆は会話に参加しながらリビングを物珍しげに眺めてうろついていた。
「殺風景かと思ったら、結構色んなもの置いてあるんっすね」
隆の言葉に気がついたが、花瓶や置物などが室内に飾られている。
「元の持ち主が置いていったんじゃねーか」
猿渡がビールを一口飲んで言った。
「そうなんっすかね……ん? なんだこれ」
隆が手に取ったのは小さな人形のようだ。
「なんだろ、ぜんまいがついてる」
不思議そうに隆が眺めていると
「オルゴールじゃない?」
と真由美が答えた。
なるほど、とうなずいた隆がぜんまいをまわしたが、それは壊れているようだった。
隆も席に落ち着き、会話は続く。
しかし俊は少しもよおしてきた。トイレではなく、タバコを吸いたくなったのだ。
「猿渡先輩、ここって禁煙ですよね」
「ああ、そう聞いたな。表にベンチがあるらしいからそこで吸えばいい」
言われたとおり、俊は外へ出ることにした。
室内は暖房が効いていたため、外の空気は随分冷たく感じた。
酔いが回っている体には心地いいとも思える。
ベンチでタバコを吸っていると後ろから声をかけられた。
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