綾の独白

 つまらない。


 俊くんは時々私のアパートにくるけれど、どこか戸惑いを感じているのは分かってる。きれいなあの人のことが引っかかっているも分かっているわ。私と「別れて」あの人と寄りを戻したつもりなのだろうけれど、彼は未だに私の部屋にきてくれる。


 つまらない。


 美味しいお料理でもてなそうと思っても、ふと彼に目をやると窓の外を眺めていたりスマホをいじっていたり。前は私の手元を見て面白がっていたのに。

 ねぇ、私のことは今も少しは好きだと思っていいのよね? 私ったら、所謂いわゆる「キープ」ってものになっているのかしら。

 まぁ、それでもいいわ。今は様子見。奪われたなら奪い返すだけのこと。貴方を優しい愛でくるんであげて、私が貴方の「お母さん」になってあげるの。


 唯一無二の。

 誰も代わりができない立場。


 今作っているポトフも、彼のことを一生懸命考えて作ったメニュー。あの人ったら俊くんには余りお料理を作ってあげてないみたい。私が作ると「久しぶりの手料理だ」だなんて喜ぶから、多分そう。俊くんのことだから、きっと外食やコンビニのお弁当なんかでごまかしているんだわ。お野菜をたっぷり食べてね。優しい味付けにしたから、きっと気に入ってくれるはず。ベーコンだって手作りしたのよ。あえてそれは言わないのが私の主義だけれど。


 そばに置いてあるスマホが震えた。モーツァルトの「怒りの日」を奏でながら。この曲は、あの嫌らしい悪戯電話の場合に設定してある。そっとタップしてすぐに切った。本当に誰がこんなことをやっているのかしらね。俊くんがこの部屋にいるのが嫌な人なのかしらね。世界すべてが裁かれる必要はないと思うけれど、この人だけは裁いて欲しいものだわ。そしてどこか遠くへ行ってしまえばいいのに。


 ポトフを煮込んでいる間に、お皿を用意することにした。でも、お皿がなんだか少し足りない。前はもう少しあったのに、どうして減っちゃったのかしら。俊くんがそれほど使いこなすとも思えないし、ましてやそんなにしょっちゅう割るなんてこともないだろうし……。


 ……あの人のせいなのかしらね。

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元カノカルテット 遠野麻子 @Tonoasako

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