第1部 自業自得:編
1 【プロローグ】
【プロローグ】
「もう駄目だ、死ぬしかない……」
男は自分の勤務する会社の屋上にいた。高層ビルが立ち並ぶ一角にその男の勤める会社がある。しかし今は深夜。誰もいない。
屋上のフェンスを乗り越えて下を見た。遥か下では、道を走る車のヘッドライトが行き交うだけだ。深夜なので道を歩く人影すらない。暗闇の中、車のヘッドライトによって、微かながら道路がボンヤリと見えるだけだ。微かな明かりの為、地上までの道が遥か深い。行き着く事の無い深い底なし沼に思えてくる。
現実的に考えれば、ビルの屋上から地上まで約五十m。ここから落ちたらまず助からないだろう。自分の体重に地球の重力が働き、落下速度に加速速度がプラスされ、地面に叩き付けられてしまう。その瞬間全身の骨が砕かれ、
男は半歩歩み、もう一度下を見た。死は後一歩で確実に訪れるだろう。
「——ウウッ……」
深夜とはいえ高い所に居る為、メマイがしてきそうだ。もう半歩歩いて目を閉じ覚悟を決めた。後一歩でこの世とオサラバ出来るデットゾーンまで来てしまった。
「お世話になったみなさん、どうか先立つ不幸をお許しください……」
『止めときな。落ちたら痛いぜ』
その男の他に誰も居ないこのビルの屋上に、もう一人の声が響く。不意に声を掛けられた男は、無意識のうちに目を開けた。
「ウワッー……俺はもう死んだのか?」
男が驚くのも無理は無い。その男に声を掛けた者は、男の目の前にいる。つまり高層ビルの屋上から、今まさに飛び降りようとしている者の真正面にいる。それは、宙に浮いているという事だ。
身長はかなり高く、筋肉がバランス良くついている為か、とても大きく感じてしまう。金髪の長髪で、時折 風も無いのに髪が揺れている。衣類は
自殺志願者は思わず後ずさりをした。
有り得ない……自分の意識は大丈夫なのか? これから死ぬという事で、自らの意識が麻痺してしまい、あろう事か幻をみているのかも知れない……それか、もう俺は死んであの世に行ってしまったのか? この現実を受け入れる事はかなり無理が有る。
「——ウッ、な、何なんだ一体?……」
自殺志願者の
『これから死のうとしている者が、そう驚くんじゃねえよ。それより、死ぬなんてつまらねぇぜ。何がそんなに辛いんだ?』
「ア、アナタは、て、て、天使ですか?……てか? 私はもう死んだのですか?」
見慣れない姿をした者を見た男は、そう言うしかなかった。目の前の事実が理解出来ない。訳が分からない。
『バカか、お前? これから死のうとしている者に声を掛けたんだから、お前はまだ死んじゃいないぜ。所で何があったんだ? 事と次第によっちゃぁ、救いの手を出してもいいんだぜ』
「——も、も、もしや、アナタ様は神様ですか?」
『どうだろうな? 悪魔じゃ無いことは確かだ。……我が名はゼル・ラグエル。一応神の位を持つモノだ。神といっても、我ら天界に住むモノは全て神の使徒と呼ばれる。人間が死んだ時、魂を天界へ導く天使達も一応、神の使徒だ。所で、そんな所へいつまでも突っ立ってないで、フェンスを乗り越えて安全な向こう側へ行ったらどうだ。どうせ、時間はある。今死のうが、俺と少し話をしてから死んでも同じだろ? どうだ?』
自らを神と名乗ったこのゼルの話し方は、ヤケにぶっきら棒のように聞こえる。しかし、話し方は乱暴でもやはり神なのか、天界人特有の相手の心奥深くに届く様な心地よい響きを持った声だった。自殺志願者の男は胸の奥に心地よく響くその声に酔いしれ、言うがままにフェンスを乗り越え、安全な向こう側へと行った。
ゼルは男がフェンスを乗り越えたのを確認すると、自分の翼を一度だけ羽ばたかせ、男の所へ静かに降りて行った。
未だ目の前の現状に信じられない男は、ただ唖然として目の前のゼルを見つめていた。
『オイ、何ボーっとしている?』
「ハイ、申し訳有りません。私、神様を見た事が無くて……初めて見たので、つい見とれて……」
『馬鹿か、お前? 当たり前だろ? 生前に俺達天界人に会うのは、奇跡に近い事だ。それより、早く話せ』
「——何を?……ですか?……」
『バカ野郎ーテメー、さっき死のうと思っていたんじゃねえのか? その原因を言えって言ってるんだ。俺は気が短けーんだ。早くしろ』
「申し訳有りません……ですが、私が思っていた神様と少しイメージが違った物ですから少し驚いてしまって……」
『ハァ?——イ、イメージだと?……。この期に及んで、何ふざけた事言ってんだ。クーッ……全く面倒だ……。まぁ、いい、仕方が無い。この件に首突っんだから仕方が無い。まぁ、姿、形には時代の流行があるようだから今回は許そう。なら、お前の好きな姿になってやるよ。その方がお前も落ち着くだろうし、話易いだろうからな……。まったく、面倒だ……』
そう言うとゼルは容姿を変化させた。まばゆい光を発しながら、最初は女神の姿に次は、キリストの姿に、仏陀や如来や仙人や、神獣と呼ばれる姿へと、次々と色々な姿に変えた。
『さあ、どうだ。今までの中にお前のイメージする姿が在ったのか?』
「はい、女神様でお願いします」
『フン、まあいいだろう。しかしお前は女で苦労したようだな?』
「どうして?……」
『フン、本来ならば神はイエス・キリストや、仏陀の様に思うのが普通では無いのか? それを女神が良いなんて、女好きもいいところだ』
「エッ、一体、どうして? 私の心が?……」
『当たり前だろーが。俺は神だって言っただろ? お前の薄っぺらい心を読みとるぐらい簡単な事だ』
「じゃあ、どうして解っているのなら、わざわざ私の口から言わすのですか?」
『お前、この俺にケンカ売ってるのか? つべごべ言わないで、サッサと話すんだ……』
自称神と名乗るこの不思議な男ゼルは、右手を握り締め、男に向かって振り下ろそうとした。その瞬間自殺志願者の男は、その場の雰囲気で自らの両目を閉じた。
こ、怖い……。と。
自称神と名乗る、今まで見たことが無い不思議な男、いや、奇妙な男が自殺願望者の目の前にいる。殴られる事を覚悟しながらも、恐怖に近い感情も合わせもっている。怖い=死ぬ。つい先程まで死を願望、いや、死と隣り合わせだったのに、何故か男は、膝を着き震えている。
その様子にゼルも我に返る。振り上げた右拳を静かに下ろし、深呼吸を数回行った。
『オッと悪かったな……俺は気が短いんだよ。お前の言う通り、全てを解っている。解ってはいるが、自分の口で言うからこそ真実と本意が解るんだよ。さあ、話すのだ。……その前に、姿を変えてやるよ……』
ゼルはそう言うと、眩しい光を放ちながら女神に姿を変えた。その姿は、この男の生きている現代のアイドルの様な姿をしていた。
『さあ、お話しなさい……』
先程とは打って替わって、言葉使いが優しくなった。どうやら、姿によって言葉使いが変わるのだろう。
男も先程の荒々しい言葉よりコチラの方が数倍いいのか、素直に話し始めた。
「はい……。私の名は
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