10 【エピローグ】 そして未来へ

【エピローグ】


 アメリカでの支社立ち上げの際、由香里は日本の銀行の窓口に居た。自分の預金をアメリカ支社に取りあえず五百万円振り込んだ。一気に数千万の大金を入れる訳にはいかない。何か急なトラブルがあって、計画が頓挫してしまうかもしれない。ここは慎重にしなければ……。


 そのアメリカ支社にお金を振り込んだ時に、フッとある考えが頭をよぎった。


 あれって?……。もしかして? あの神様からもらったあの、カードって? お金を引き出す事が出来たんだから、もしかして?……振込みや貯金も出来るんじゃぁないのかな? いや、これはやってみる価値は十分にあるかも知れない。もしも、もしもよ、それが可能なら、私の寿命を伸ばす事だって出来る。いや、考えるまでも無い。ここは銀行だ。やるしかない……いや、やってやる……。


 先程振り込んだ口座の残高は、まだかなり残っている。映画の印税だけで億を超える金額が入って来たのだ。『闘病記』という一冊の本が増版に次ぐ増版。これも印税が随時入ってくる。怖くなってくる金額だ。勇樹の両親や今川の老夫婦に借りたお金を返しても、まだ余裕はある。由香里は自身の通帳の残高を再度、確認した。


 支社への入金を済ませると、由香里は銀行の窓口の女性社員へ尋ねてみた。財布の中に例のが入っている。バッグの中から財布を取り出し、を取り出した。カードを取り出した瞬間、由香里の手が震える。 


 どうか、どうか、お願いします。


 由香里の願いにカードが一瞬きらめいて見えた。


「あの~すみません……このカード私のなんですけど、通帳無くしたんですけど、銀行名と口座番号がこちらで解りますかね? これ一応、私の身分証明書代わりの運転免許証なんですけど……大丈夫ですか?」


 と言って、免許証と一緒にあのを渡した。受け取った女性社員は、その真っ白なカードを手にとって見た。銀行名は書かれてない。CHANGEという文字と、由香里の名前だけが彫られてある。怪しむ様にじっくり見ると、そのカードは眩しく輝き出した。その光を受けて女性社員は一瞬メマイを起こし二秒程固まった。 

   

 ウウッ……。やがて、ふと我に帰りそのカードを器械に入れて確認してみる。


 その後、その女性社員は笑顔を由香里に向けた。あのカードの不思議な作用が働いているのだろう。そもそも銀行名が無い時点で怪しいはずなのだが。


「大丈夫ですよ。うちの銀行です。通帳を新しく作り直しましょうか? すぐに出来ますけど、どうされますか?」

「良かった~。いえ、通帳は又今度でいいです。じゃあ、このさっき使ったこのカード、ああ、通帳もついでに渡しますね。それで、この通帳の口座からこの白いカードの口座に振り込めますか?」

「はい、大丈夫ですよ。いくら入金されますか? こちらの方に金額の記入を」

「じゃあ、四千万円程」


「——ひぇ!……えっ……よ…よ……ヨ、ヨンシェンマン……れすか?……それじゃ、こっ、ここでは何れすので、別室まで来てくらはりますか」


 そう言うと、その窓口にいた女性社員は窓口から急に立ち上がり、由香里を別室の応接室へ案内した。言葉遣いも何だか変だ。かなり動揺している。数千万の預金者など銀行にとっては大口の上得意様だ。下手な対応をすると折角の顧客が逃げてしまう。ここは、失礼の無いように……と、女性社員は緊張した。

 この田舎の港町で扱う銀行の取引の金額としては四千万はデカい。 ニガシテ ナルモノカ。


「——す……す、少しの間、お待ちくらはい……」


 そう言い残すと、その女性社員は奥に引っ込んでしまった。去り際の歩き方も微妙に変だ。カクン・カクンと体の動きもロボットの様に見えてしまった。


 大丈夫かしら、あの人? 何か動きが変なんですけど……ふふふ。


 由香里は一人笑いながら、銀行の奥の特別応接室のフカフカな椅子に座って待っていた。 


 これで、もしかして私の寿命を取り戻せられるかも知れない。これで、生きられるかも知れない。


 数分の後、先程の女性社員と上司らしい男性社員が、由香里のいる応接室へ入ってきた。二人とも少し緊張している。大口の取引だ、無礼があってはならない。そんな緊張感が二人から半端なく読み取れる。


「さ、先程、部下の山下に聞きましたが、本当に、4、よ、ヨ、ヨンシェンマン入金されるんですね?」


 先程の女性と同様に、その男性からも動揺した言葉が出てきた。やはり、女性同様に言葉遣いが変だ。由香里は笑いを堪えるのが必死だった。


「プッ……フ、フフッ……ええ、そうよ。プッ、フフフッ…この通帳から、こっちの白いカードの口座に、4、よ、ヨ、ヨンシェンマン振り込んでくれますか?」


 あれっ、変な言葉が移っちゃったじゃない。もう~やめてよ。


 笑いを我慢する由香里ではあったが、目の前の二人の緊張感から来る変な言葉遣いにつられてしまった。


「解りました、誠にありがとうございます。すぐ手配しますので、又、少しの間お待ちくさい」


‟お待ち臭い。って言ったわよ。よしとも新喜劇じゃないんだから、笑わせないでよ”


「よ、よろしくお願いします。ププッ……」

「おい、山下君。何してんだ。お客様に早くお茶を出さないか……」

「ハイ、申し訳有りません。直ぐにお持ち致します。お待ちくさい」


‟ププッ……又、言ってる~。絶対ワザと言ってるかも?でも可笑しい~”


 由香里は腹を抱えて笑いたいのを必死に堪えていた。

 大金を目の前にしてこのようなオフザケな演出はあり得ない。それが却ってツボに嵌る。



 銀行の部長クラスであろうその男は、由香里から丁寧に二枚のカードと一枚の通帳を預かると、奥に引っ込んでしまった。


 三十分後、その男は再び笑顔と共に由香里の前にやってきた。二枚のカードと一枚の通帳と書類を持っている。


「——島原様。大変お待たせいたしました。無事入金は終わりました。これが、その証明書です」

「ああ、ありがとうございます」


 由香里は二枚のカードと一枚の通帳と、その振り込みの書類を受け取り、改めて手に取って眺めてみた。見方がよく解らないが、銀行の専門家の人が言うのだから間違いは無いと感じた。この銀行の通帳口座から下の口座(白い例のカード)の口座に確かに海原由香里という名義で四千万円と云う数字が動いている。


 その数字を再確認すると由香里の胸に詰まっていたナニカと、両肩に乗ってるナニカが、すう~っと溶けて楽になっていくのを感じた。次第に体中に、得体の知れない別のナニカが駆け巡る。それは、心地良い物だった。穏やかで安らぎにも似た、一種の感情のようなモノに包まれた。


 その瞬間、由香里は確信した。自らの呪縛が解かれようとしていた事を……。





 ——た・す・か・っ・た!……。あぁ、良かった……これで生きていけれる——!



 銀行のドアを開け外に出た瞬間、由香里は人目も構わず空に向かって叫んでいた。


「神様——ありがと————う! これで、これで、やっと我が子の成長が見届けられる。神様、有難う——! 本当に——有り難う御座いました!……」


 はじける様な満面の笑顔で、東の空を見上げて由香里は叫ぶと、誰も居ない東の方に向かって深いお辞儀をした。




 その様子を遥か彼方の天上界から見ている者がいた。ゼルだ。由香里の動向が気になって、見守っていたのだった。由香里がゼルに貰ったあの、へ利子を含めて返金したのを確認すると、ゼルは頷いた。


『う~ん……よくぞ、あのカードの使い方を見切ったものだ。本来、あのカードの使い方は、ああ使うべきなのだ。金に目が眩み、金を使うばかりでなく、自分自身の為だけで無く、他人の為に使う事こそが、あのカードで人が生きる! という意味なのだ。己の命を対価にして金を手に入れると言うことは、どう死ぬのか? では無く。どう生きていくか? なのだ。見事だ……よくやった。本当に良くやった。

 これで、あの由香里とか云う女は寿命のカウント・ダウンに縛られる事はなくなり、ビクビクした人生を送らなくてもいいだろう。おまけに一千万余分に返したのだから、更に十年寿命を伸ばした事になる。今後、あの女は一生・幸せに生きて行く事だろう……。

 本来、子供がこの世に生まれると言う事は、子供が親を自ら選んで生まれて来るものなのだ。子供によってもたらされる親のカルマの昇華。子供自体のカルマの昇華を共に生きていくうえで自問自答し、魂の成長をしていく姿こそが生きる・という本来の意味なのだ。この世に生まれ、生かされてる本来の意味。只、生きているだけでなく、多くの恩恵から生かされているという事を、早く分かって欲しいものだな……』



 遥か下界を見たゼルは、そう呟くと自らの大きく真っ白な翼を広げ、満足気な表情を浮かべると、どこかへ飛び去ってしまった。







 ——あれから更に三十年後——



 由香里は未だ健在だった。六十五才になっていて、現在はアメリカに住み、日本から難病に苦しみ移植手術を求めて渡米して来た人々の、ケア・サポートのボランティアを現地で自ら率先して行っていた。


 夫である勇樹は、アメリカで日本料理店を経営していた。日本でいう寿司「SUSI」が今やアメリカで大きくブームとなっていた。漁師というスキルが此処で大きく役立っていた。そして店舗も増え忙しくしている。


 一方、海士は成人し、結婚して日本に住み日本の大手証券会社で働いている。時々アメリカの両親の元へ遊びに夫婦でやってくる。


 それぞれが、それぞれの道を歩み、幸せと云うか、生き甲斐を感じて生きていた。生まれて来て、いや、生きていて良かった!と、それぞれが感じている。

 

 遥か昔、錬金術なる物があったそうだ。全く違う物質から金を精製したそうだ。物質の姿形を根底から変える。それは等価交換によって成り立ったと云う。

 古人は一体何を想い、別の物質を造ろうとしていたのだろうか? 古人は何を想い、等価交換を行ってきたのだろうか?と云うのに……。




  ひょっとしてゼルはその答えを知っているのかも知れない……。





                        

                             第2部  了


                        第3部 『自己犠牲編』へ続く



——————————————————————————————————————


 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

 もし、面白いと思っていただけたら、★または💛を押して応援していただけると、今後の励みになり、とても嬉しいです。

 又、感想やレビューを頂けたら、泣いて喜びます。


 第3部も、最終話にて驚きの展開を御用意しています。どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします。1部から3部に繋がる数々の伏線は、ラストで回収されるかも知れません。

      

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る