第2部 慈愛:編 

第1章

1 【プロローグ】

【プロローグ】


「どうして? いつも私の周りの人が居なくなるの?……。生きてる意味って何なの? もう死んで楽になりたい……。ううっ……」


 一人の女がマンションの自室で涙ぐんでヤケを起こそうとしていた。テーブルにはシャンパンや、ウイスキーなど、幾つもの酒類のびんが並べられてある。どれも瓶の栓は開いたままの状態だ。


 その女はベッドの上に座り、左手には睡眠薬の錠剤が山盛りに握られている。枕元には遺書が有り、ガス栓も全開ではないが開けられている。部屋の中が微かにガスの臭いが溜まっている。酒に酔っているので、気持ちも悪くなってくる。

 気分も高揚していよいよ左手の錠剤を一気に飲み干そうとした瞬間、誰かがその女に話しかけた。


『よしな、睡眠薬を飲んで意識が遠く成る前に、ノドが詰まって苦しいぜ……』


 自分の部屋に、誰かが入り込んでいる。と思い、その声がする方向へ振り向いた。


「……誰?……」


 振り返って見ても誰もいない。見慣れた自分の部屋が視界に広がっているだけだ。

 気の所為?……。まあいい、どうせ死ぬんだから泥棒でも、強盗でもいたら金目の物は欲しい物全てあげるわ……。と死を覚悟しているので、やや寛大な気持になっている。


 気持を新たに、右手に水の入ったコップを持ち、左手には睡眠薬の錠剤を口の所まで持って行った。


『止めろって言ってるだろ……』 

「誰?……。どこに居るの?……」


 今度の声は錯覚でなく確かに聞こえた。居る。自分以外の誰かが、居る。そう思うと怖くなってきた。つい先程まで、どうせ死ぬ身分だから誰が居たってどうでもいいと思っていたのに、錯覚から自覚に替わると誰でも恐怖を覚えてくる。


「——どこよ?……。どこに居るの?……」


 手に持っていたコップと睡眠薬をテーブルの上に置くと、立ち上がり辺りを見回した。見回した所で、所詮広いと云えど1ルームなのだから隠れようがない。一応、バス・トイレや押入れも開けてみたが、やはり誰も居なかった。


 しかし声は尚も語りかけてくる。


『そこじゃない……。上を見てみろ』

「——えっ……。上?……」


 言われるがままに、その女は天井を見上げて見た。


「——キャー……」


 天井には二十代に見える男が天井に張り付いていて、上から下を見ていた。

『やっと見つけてくれたか?』

 

 そう言うとその不思議な男は、女の所までユックリと静かに降りていった。


「——だ、だ、誰なんですか? アナタは一体?……。ど、どうやってこの部屋に?……」


 その女が驚くのも無理はない。その男の格好は金髪の長髪で、裸に薄く白い羽衣のような布を一枚かけているだけだった。


 普通の人間には無い、純白のオーラを身にまとっている。さらに驚きの根源は、その男の背中から大きな白い翼が四枚も生えている事だった。これだけで普通の人間ではない。

 な、何だ……どうなってる? 私、酔ってるの? これって幻覚?


「——も、も、もしかして……か、か、神さま?……ですか?」

『ああ、悪魔じゃない事は確かだ。……我が名はゼル・ラグエル。一応神の位を持つ者だ。所で、どうして自らの大事な命を絶とうとしたんだ? 訳によっちゃあ、救いの手を差し出してもいいんだぜ?』


 自らを神と名乗ったこの不思議な男ゼルは、その女に詰め寄った。女は何が何だか解らないでいる。つい先程まで死のうと考えていたからだ。自殺を止められ、見た事のない自称神と名乗る不思議な男が現れ、訳を話せと言っている。自分はもう死んだのか? と思える程パニックになっている。


「あっ、……あの~……わ、わ、私はもう死んだのですか?」

『いや、まだだ。自らの意思で死を選ぶのは止めるんだな。特に、俺の目の前で死ぬっていうのは、ちょっとな……。まあいい話せ』

「何から話しましょう?……」

『全てだ、時間はたっぷり有る』


 乱暴な話し方をするが、天界人特有の人の心奥深くに心地よく響く、ゼルの声に酔いしれながら、その女は話し出した。


 その夜は雨が降っていた。その女の悲しみの様に激しく夜遅く明け方まで降っていた。









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