6 焦燥
一方、光太郎は一旦自宅のアパートへ戻ると、完成したソフトを起動してみた。
パソコンの電源を入れ、ソフトを取り込む。ウィ~ン、と云う機械音がしてモニター画面が変わる。と同時にパソコンが動かなくなってしまった。
「——あれっ? どうした? 何で? 動かない……マジか?……」
緊迫した声が寂しく六畳一間に響く。そのソフトを取り出し、もう一台のパソコンへと入れる。
「も~う、何でだよ? 確かに昨夜完成したと思ったのに……」
もう一台のパソコンでプログラムをチェックしてみた。光太郎の肩がゆっくりと沈み、希望が落胆へと替わっていく。
「仕方が無い、もう一度最初からだ……」
フゥ~ッとため息をついて、光太郎は横に寝転がった。見上げた天井は裸電球がテルテル坊主の様に寂しく見えた。
俺には無理なのか? フッとそんな思いが頭によぎる。と同時に別の思いも浮ぶ。
今更後には引けない。この三年間が無駄になってしまう。昨日は確かに起動したんだ。多分どこかのプログラムが不具合を出しているんだ。それさえ解かれば……。
まあ、良い。一週間ぐらいあれば、プログラムのチェックは出来る。九割は完成したんだ。焦らず、やって行こう・と思った。
光太郎はゆっくり起き上がると、別のシャツを羽織り外へ出掛けた。金が無くなったので又、バイトをしなければならない。昨夜負った右腕の傷が痛むが、背に腹は替えられない。腹も減っているので仕方が無い。食べなければ生きていけない。恒例の食堂へバイトを頼みに歩いて行った。この食堂のマカナイ飯はそれなりに美味しい。
昨夜のコンビニの前を通り、由香里の住むマンションの前を通りかかった。由香里の部屋のベランダを下から見上げてみる。有った、黄色いタオルだ。しかもベランダの両端に結びつけている。思わず顔がにやけてきた。
「やった————! うひょ~~……」
光太郎は喜びの声をあげていた。と同時にそのベランダから人影が見えた。由香里だ。ベランダの鉢植えに水をやっていたのだ。
「オ——イ、由香里さ~ん! オ——イ」
自分の名を呼ぶ声に由香里が気付き、下を覗き込んだ。道で光太郎が手を大きく振っている。まるで子供の様に、片手を広げ振っている。
「光太郎さ~ん! ちょっと待ってて——!」
光太郎を確認すると由香里は慌てて部屋を出ていった。エレベーターの待ち時間さえも惜しい。二、三分後、由香里は一階へ駆け降りていた。
「もう逢えないかと思ってたんだ。あの黄色のタオル見たら、思わず声が出ちゃったんだ。今更ながら、チョッと恥ずかしいな、あんな大声出して……へへっ……」
「そんな事、ないわよ。私も昨日の今日でしょ。でも、光太郎さんに会えて良かった。だって、私の恩人だもの……。光太郎さんに今日会えて良かった。ねぇ、食事まだでしょ? これから何か食べに行かない?」
「いいけど、俺、金、持ってないよ。……金が無いから、これから又バイトへ行こうと思ってたんだ……」
「大丈夫、私の恩人だから。私がおごるから、心配しないで」
「いいの?」
「当然よ……さぁ、行きましょ? あっ、そうそう、右腕大丈夫?」
「ああ、ありがとう。まだ痛いけど大丈夫だよ」
光太郎は我慢しているが、まだ痛かった。医者にも見せていない。昨夜巻かれた包帯にうっすらと血がにじむ。心配させまいと光太郎は強がっている事に、由香里は気付かない。
こうして二人は早い昼食を取りに、近くのファミレスへと行った。由香里に甘えて一切の遠慮をせず、光太郎は遠慮せずに注文した。
「う——食った、食った! ありがとう、由香里さん。なんだか久しぶりに、お腹いっぱい食べれたよ。こんなに食ったの何時ぶりだろうか?……ふう~もう、食えね~……」
「凄い~食いっぷりだったわね。びっくりしちゃった。フフフ、いいのよ……それより、ねぇ例の何とかのソフト、どうだった?」
「それが、昨日は確かに起動したんだけど……。今日は何故か、動かないんだ」
「まぁ、そうなの……残念ね」
「どこかの、プログラムミスだと思うんだけど……」
「ねぇ、良かったら、これから光太郎さんの部屋に行ってもいい?」
「そりゃ、良いけど……俺の部屋、狭くて汚いよ……臭うかも?」
「フフフッ……いいの、いいの。さあ、行きましょう?」
由香里は会計を済ますと、光太郎のキズを負っていない腕を引っ張り歩いていった。
由香里の住むマンションからだと、徒歩で十五分ぐらいかかる。表通りに面した由香里のマンションに比べ、光太郎のアパートは裏通りにある。狭い路地を通り、光太郎の住むアパートへ着いた。古びれたアパートが佇んでいた。
「ここだよ、二階の角っこ」
部屋のドアに201号【原岸光太郎】と書いてある。
「さあ、どうぞ。あんまり汚くてビックリしない様に……」
由香里を自分の部屋に招いた。この部屋に他人が来るのは何年ぶりだろう? シマッタ、掃除しておけば良かった。ふと光太郎はそう思った。由香里は部屋に入ると辺りを見渡して言った。
「凄っご~い。器械だらけって云うか、パソコンの部屋って言う感じだね。ふ~んこれでソフトを造るのか?~」
確かに普通の部屋ではない。言い換えるとマニアの部屋にも見える。見た事もない機器が幾重にも積み重ねられている。
「昨夜は確かに起動したんだ……。でも、動かないから、見直しをしないと……。バイトも捜さなきゃいけないし……」
「私に何か手伝える事が有れば。そうだ、私にアナタの援助をさせて? 光太郎さん、お金無いんでしょ?」
「援助? 嫌だよ……何か金で飼われるみたいだから……」
「ごめんなさい、そんな意味じゃないの……私、アナタの夢に乗りたいの……。私には今・夢って物がないから、光太郎さんの夢に一緒に乗りたいの? だから、今、私に出来る事はそれぐらいしか出来ないの。言葉でも有るじゃない?【ギブアンドテイク】って……それに、バイトしてたら、このソフトもいつ完成するか分からないじゃない?……。だから、負い目を感じるなら、このソフトが完成して売れたら、倍にして私に返してくれればいいから……」
由香里の言ってる言葉はやや可笑しいが、光太郎には嬉しかった。又バイトをやりながらこの作業を続けていれば、いつ完成になるかも解らない。恥ずかしく、みっともない話だが、お金が無ければ生きて行けない。食べないと死んでしまう。光太郎は由香里を見つめて言った。
「ありがとう。……本当は困っていたんだ。【ギブアンドテイク】か? 良い言葉だね。本当に嬉しいよ、由香里さん。そうだ、紙に一筆書いて於こうか?」
「フフフッ、それで気が済むなら書いて? 何か、必要な物が有ったら、これからは遠慮無く言ってネ? 良く分かんないけど、パソコンの部品に半導体や、なんか知らないけど部品が、要るんでしょ?」
「うん。ありがとう……。本当に、助かるよ由香里さん」
こうして、由香里は光太郎の援助をする事となった。お互いが惹かれ有っているのは事実だ。ささいな口実で二人とも会いたいのも事実。二人は恋に落ち様としていた。
しかしながら、光太郎は焦っていた。いつまでもヒモの様な生活は出来ない。男と云うプライドだってある。早く一刻も早く完成させて一発当てないと、会社を辞めた意味が無い。
一方、由香里も内心ビクビクしている。光太郎と会うのは嬉しいが、自分のやっている仕事の事を思えば悲しくなる。光太郎には決して、自分がソープランド嬢だとばれない様に、早く仕事を辞めなければ・と思う日々が続いた。体と一緒に心まで汚れていくような錯覚すら覚えてくる。しかしながら、今はお金がいる時期。辞めたくても辞められない。せめてソフトの完成までと、由香里の心も焦り揺れ動いていた。
こうして、二人は毎日、由香里の限られた時間内に逢った。由香里は自分の勤める所は【お水】とだけしか言わなかった。夕方から出勤し、深夜に帰宅する。光太郎はその言葉を信じ、パソコンへ集中した。
由香里は光太郎と会う事で、かたくなな荒んだ心を癒していった。
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