4 弁済
翌日、泰三は眠れないまま自宅で朝を迎えた。
昨夜、自殺を決意した時、自称神と名乗るゼルに会ったからだ。泰三の右手にはゼルから貰ったカードが握られている。
そっと右手を開くと、そのカードは真っ白な色を妖しく光らせている。まるで、早く、使ってくれ! と言っているみたいだ。泰三はそのカードを目にしても、いまいち信じられないようだ。昨晩の不可解な現象は夢の中で起こった事で、このカードは知らない内にポケットに入っていたのかも知れないとさえ思ってしまう。しかしながら昨夜のゼルとの会話はしっかり覚えている。
一体何だったんだ。あれは??
疑心暗鬼になりながらも泰三は会社へ行く事にした。まずはこのカードを試してみなければならないと思ったからだ。駄目なら又、自殺を考えればいい。重い足取りのまま、泰三は会社へ向かって行った。
会社に着くといつもどうりで何も変化は無かった。
良かった、ふう~……。今日の所は、何とか助かった……。大丈夫だ。まだバレていない。そう思いながら、泰三は
自分の名札置き場に『外』というカードを掛けて事務所のドアを開けた。こうしておけば、皆に不在が解る。
泰三は一番近くの銀行に走った。午前九時を過ぎているのでATMコーナーは稼動している。この時間帯は空いている為、列に並ばなくても良い。泰三は空いているATMの前に立つ。上着のポケットから財布を出し、例のカードを出した。ゼルから貰ったカードは白く光ったままだ。 神様、お願いします……。と祈りながらカードをATMに入れた。
カードは静かにATMの中に、取り込まれた。暗証番号は? と問う画面になり泰三は考えた。
アレッ、何番だったっけ? 確か、
ATMのモニターは次の画面になる。
【
オッ、すげぇ、もしかしてやっぱりこりゃ本物? と、声にならない声が出る。顔も何だかにやけてくる。
泰三は試しに五十万引き出す事にした。ATMでの一回の金額は、最大五十万までなのだ。
「——や、やった。このカードは本物だ!」
泰三は驚きのあまり、声を出してしまった。回りの客が不審な目で泰三を見た。オッといけねぇ。そう思いながら泰三はお金とカードを受け取ると、足早にその場を離れ、次の銀行を目指した。
歩いている時に、カードと一緒に明細書が出てきたのを思いだした。明細書を手にとって見る。残金が九の数字が九つ並んでいる。
やはり本物だ。これで俺は人生をリセット出来る。泰三は狂喜した。
ああ、これで、金に振り回されビクビクした生活ともオサラバダ。助かった。神様、ありがとう。
しかし、顧客の株券の弁済をしなくてはいけない。放って於いてもいいのだが、相手は年寄りだから少し気になった。わずかな年金で投資しているのだから。
泰三は、公衆電話から使い込んだ顧客へ電話した。時代は1980年代中盤。未だ携帯電話は普及していない。有る事はあったが、高額で電話自体大きな代物だった。十数年後には、ポケットに入る大きさになろうとは、誰しも思ってもみない、そんな時代だった。
因みに当時の公衆電話は赤い電話機。通称「赤電話」と言われる代物だった。緑色の公衆電話はガラスで周りを覆われていて、ボックスタイプと呼ばれていた。主流は囲いの無い赤電話だった。囲いが無いから、話し声は他人にまる聞こえだった。
「もしもし、山上さんですか? 私、芝浦証券の金井です。大変お世話になっております。……例の株券ですが、そろそろ売りの時期だと思うのですが。昨日から値下がりの傾向が出て来ましたので、お電話した次第なんですが? ——解りました。私に、一任されるんですね? では、早速取りはからいます。いえいえ、今でしたらかなりのプラスですので安心して下さい。では、後に振り込んでおきますので。失礼します」
公衆赤電話を切って銀行に行こうと振り向いた瞬間、泰三は肩を叩かれた。
「突然申し訳ありません。先程の電話での景気の良い会話が聞こえまして……。相談に乗って貰えないでしょうか?」
「何ですか、俺、急ぐんですが……」
「電話での口ぶり、アナタは証券会社の人なんじゃないですか? そ、それなら、わたしの会社の株を買って貰えないでしょうか?」
自社株を買ってくれだって? 大丈夫か、このオッサン。とてもじゃないが金持ちの雰囲気じゃないし、どうしよう……。
「あの、どこの会社の株ですか?」
「は、はい……。井坂食品です……」
「井坂食品だって……無理、無理。今朝、何気にローカルニュースに出てたでしょ。カレーに爪が混入してた。例の、あの……もしかして社長さん、株は一部上場企業じゃ無いですよね、もしかして非上場企業なら【未公開株】ですから、私如きじゃ売買出来ませんよ。御存じ無かったですか?」
「やはり、そうでしたか……。顧問弁護士に全て任せていたものですから……」
「お力に成れず申し訳ありません……」
「いえ、こちらこそ、引き留めてスミマセン……」
泰三に話しかけた男は、肩を落として去って行った。切なさが背中から滲み出ている。
井坂食品って、ナイト・ドールのVIPルームのあの時のオッサンか? 贅沢な豪遊ばかりするからバチでも当たったんだろ。そういや、先物取引の説明で行った、あの会社か? ひゃ~……。あの会社も危ないって話だから、これから借金の返済で大変だろうな。ってそう思うと、俺は救われたなぁって思うよ。
去り行く男の背中を見送りながら、泰三はそう思った。
改めて泰三は、ふぅ~とため息を付いた。さあ、早く次ぎの銀行へ行って顧客にお金を振り込まなければ……。
泰三は次の銀行へ行ってATMで四百五十万引き出した。前の銀行の分を足すと、合計五百万だ。一回の引き出し金額は最大五十万円だが、何回も引き出し可能な時代だった。
自分自身の命を掛けたカードなのだから、慎重にならないといけない。己の命の値段なのだから……。
これで俺の寿命が五年縮んだ。まぁいい、五年ぐらいなら。と思いながら、泰三はその内の四百八十万を顧客の山上の口座へ振り込んだ。八十万は迷惑料だ。もし、解約していなければ、それぐらいの儲けがあったのだ。
泰三は残金二十万を財布に入れ、残高の明細書を見た。五百万引き出しても、残高は何故か九の数字が九つ並んでいた。
こりゃ、すげぇよ! いくら使っても減らないんだから……。神様ありがとう。
明細書を見ながら歩く泰三は、ニヤニヤしている。歩きかたも何だかスキップをしている様に見える。
さあ後は、会社へ帰って、書類の偽造をしなければならない。面倒な作業だが、最後の詰めを誤ると、不正運用がばれてしまう。泰三は自分の会社を目指し、颯爽と歩きだした。その雰囲気は会社を出る前と、帰る頃では大きく違っていた。
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