4 覚悟


  ——ゼルと出会った日から、和夫は四ヶ月後に衝撃的な事件に出会う事となってしまった。


 一体何が起きてしまったのだろうか? 


 一体、和夫は何を得て何を失ったのだろうか?……。





 和夫はゼルが姿を消してから一人呆然としていた。“さっきの出来事は一体なんだ?” と自問自答してみたが、答えは出てこない。


 和夫の掌には、命をお金に替えると言うあのカードが白く妖しく輝いている。まるで、早く使ってくれ! とささやいている様だ。


 そのカードを一旦、財布に仕舞いこんで、和夫は車内に目を移した。助手席では、妻である安江がイビキを立てて、気持良さそうに眠っている。


  和夫は、ステーションワゴンの車の後部座席に置いてある、練炭を入れてあるコンロごと外に向かって放り投げた。


 そしてペットボトルの水で消火し、車に乗り込み車を走らせ、山奥から町へと目指して行った。


 借金のカタに多くのモノを失ってしまった。財産である家・工場・お金・そして信用……。唯一残されたモノは、この長く年期の入ったポンコツ車だけだ。赤札が付く前に、一目散に逃げた。価値は殆ど無い。


 今いる山から一番近い町へと、約一時間で辿り着いた。他に行く当ても無い。


 目指しているのは銀行で先程のカードを確認してみたいのだが、まだ夜が明けていない。仕方なく和夫は空き地を見つけると、車を停めた。車の中で何かを考えている様だ。


 自らの命を何の為に使うかを考えているのだろうか? いや、和夫はもう決めているのだろう。ゼルにカードを渡された時に、何に使うかを決めた上で、そのカードを欲しがったのだった。


 明け方までまだ時間はある。和夫は過去の事をゆっくりと思い出していた。

 

 前妻百合恵との思い出。


 後妻安江との思い出。


 会社についてなど。


  過去の事を思い出していた。懐かしく昔の事を思い出せば、不意に涙が落ちてくる。あの頃は良かった。もう一度あの頃に戻りたい。と過去を振り返りながら思ってしまう。特に和夫は今や地に伏している状況だ。自分自身に対して悔しくて情けないと思っている。


 車のラジオのスイッチを入れると、懐かしい昔の音楽が流れてくる。華やかでもあり、どこか寂しげな昭和の曲だ。和夫はただ黙ったまま聴き入った。その音楽の流れていた時代の思い出を、懐かしむようにゆっくりと目を閉じた。





 やがて重苦しく寂しい夜が明けた。


  時間が経つのがやけにゆっくりと感じるのは、歳の所為かも知れない。


 やがて時間が来た。車のラジオの時報が九時を告げると、和夫は銀行へと車を走らせた。九時になると銀行のATMは稼動している。自称神と名乗る、不思議な男ゼルから貰ったあのカードの真偽を確かめるべく、和夫は銀行へと向かった。


 銀行の駐車場に着くと足早にATMの前に行った。ATMの前に立ち、あのカードを器械に入れる。【ウィ~ン】と言ってカードが静かに取り込まれる。

 次に【暗証番号は?】という画面がモニターへ出た。


「うんっ? 確か、死に行く4219だから……4219しにいくか?」和夫はその番号を打ち込んだ。


 次に【幾ら引き出しますか?】と云う画面になった。


「――オッ、凄い……こ、こ、こりゃ、本物だ……」


 和夫は驚きの声をあげそうになった。試しに五十万の金額を押してみた。【ウィ~ンカシャカシャカシャ】と機械特有の音がATMから響いてくる。

 次に【パシャ】と云う音がしてATMの窓が開き、五十万の札が出て来た。


 和夫はもう一度お金を降ろすと、無造作にそのお金「百万円」を上着のポケットに仕舞いこんだ。


 もうこれで、和夫の寿命が一年縮んでしまった。

 

 銀行から出て車の方に歩いて行くと、安江が車から出て、ウロウロしているのが目に止まった。


「——おい、安江、どうした?」


 和夫が穏やかに安江に話し掛けるが、安江はそれどころでは無い。とても慌てている。


「何で、こんな所へ居るの? 昨日、確か一緒に、自殺しに山奥へ行ったのに……てっきり死にきれずに、アナタが銀行強盗でもしてるのか? って思っちゃったのよ……。どこへ、行ってたの?……」


 確かにそうだ。昨日の行動の流れから云えば、それしか無い。山中に自殺に行ったはずなのに、何故、銀行に来ているのか? と思えば疑問しか浮かばない。


 安江は昨夜の事を全て、知らないのだ。興奮している安江をなだめる様に車の中へと連れ込んだ。


「実はなぁ、安江。ワシら死にそびれたんだ。朝目覚めると……まだ生きていたんだ。ワシは、お前の首を締めて山奥で首吊りでもしようか? って思ったんだ。……でもなぁ、何気なく足元のマットが膨らんでるから剥がしてみたら、……なんと、ワシのヘソクリ貯金が出て来たんだよ。だから、その貯金を解約しに来たんだよ」 

「――貯金? 貯金っていくら有ったの?……」

「百万しかない……。けど、このお金でワシら、やり直さないか?……。昨晩に心中出来なかったのは、やり直す最後のチャンスかも知れないって思うんだ。どこか、知らない遠い田舎でも、何処だっていい……。何の仕事でもいいから、もう一度、ワシら、生きてみないか……。安江?………」

「――ウウウッ……アナタ……」


 和夫は安江にウソをついた。今はまだ、話す時では無いと思ったのだろう。


 穏やかに話す和夫の顔を見ていると、安江は堪らなくなり泣き出してしまった。

確かに和夫との結婚は、お金目的だった。初めは、贅沢三昧を味わったが、まだばれていない自分の犯した罪の所為で、自分の首はおろか、夫や回りの人達多くの首を括ってしまった。

安江は少しばかりの後悔の念で生きている事を、和夫も知らない。


「そうね……又、一から働きましょう……」

「うん、うん……」


 二人は手を取り合い、見つめ合っていた。お互いのこれからの事を確認し、再生の道を共に歩いて行く事が分かり合えたのだろう。言葉もなく、ただ見つめ合っていた。


 やがて車のエンジンを掛け車を走らせた。


「——安江、何処へ行く?」

「取り敢えず、この地区一帯から遠く離れたいわ。北は嫌い。だって、寒いのは苦手だから、南に行きましょう?……」

「そうだな……そうするか……」


 和夫は車を南に向けて走らせた。


 高速に乗り、約三時間ぐらい走った所でサービス・ステーションに停まった。ここからは海が開けて見える。冬の潮風が堪らなく寒く感じるが、不思議な心地よさがある。二人は連れ立ってサービス・ステーションの食堂へ食事を取りにいった。


 テーブルを挟み、和夫と安江は向かい合って座っている。地元から逃げるように、宛もなく南を目指した。

ここで、一端休憩を取る事にしたからだ。とは言っても、安堵はしていない。不安が未だ消えていない。


 時は十二月。体を包み込む様な寒さで、体に震えが来る。暖まりたい、という思いで二人はラーメンを頼んだ。

各自ラーメンを食べながら、今後の事を話している。


「ねぇ、アナタ此処の辺りに住んでみない? さっき人が話しているのを聞いたら、インターチェンジを降りたら、温泉があるみたいだって……私、仲居だって何でもするわ……」

「……ああ、そうだな……」


 別に何処だっていい。行く当ても無いわけなのだから……働く所と、住む場所が早く決まればその分楽である。


 見知らぬ土地での、再スタートをこの場所を選んだのだった。



 果たしてその場所は、Re:Startとなるのか?それともThe Endの場所になるのか?


 それは、ゼルに聞いても分からないかも知れない?……。



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