3 一時の安堵

 ——それから更に一年の月日が流れた。


 由香里はまだあの店にいた。信じられる物は、お金だけ。その思いだけで一心に働いていた。お金が五千万円貯まったら、何処か知らない小さな町に行こう。そして、何でもいいから店を開こう。と内心決めていた。


 そして二年で貯金二千万円貯まった。もともと由香里の勤めるソープランドはこの辺りでは高級店で有名だ。だから歩合も良い。他の店に比べると割高で、その内容はやはり粒ぞろいの女の子達で持っていた。


 その店の女の子全員モデルに使っても良いほどの顔立ち、スタイル、身長は文句なしだった。当然由香里も例外では無い。この店で勤める女の子は、由香里の様に売られて来る子もいれば、お金欲しさで自分から来る子もいて、色々な思考の人種で溢れかえっていた。


 ある日、店長弘田のはからいで慰安会を行う事となった。都内のホテルのレストランを貸しきって行う。


 ソープ・ランドの店長弘田は結構顔が利くみたいだ。そのホテルは料理がやたら美味しくて雑誌等で三ツ星を貰っているほど有名だ。その弘田の頼みを二つ返事で引き受けてくれたのだ。本来なら予約客で満杯のはずなのに、しかも割安で快く引き受けてくれたのだ。


 十五人の店の女の子と、弘田はじめボディガード兼雑用係の男五人。総勢二十人でそのホテルのレストランへ赴いた。当日のメニューはフランス料理のフルコースだった。


「さぁ、今日は俺のオゴリだ。みんなの御蔭で、連続三ヶ月、目標をクリァした。皆も、知っての通り、この店はチェーン店だから、他の系列店と比較される。俺達の店はトップに選ばれた。俺は嬉しい。さぁジャンジャン遠慮無しにやってくれ……」

「何、好きな事言ってんのよ。トップに選ばれようが、そんなの私達にとっちゃ、知った事じゃないってゆ~の。さあ、店長のオゴリだから、いっぱい食べなきゃ損ね。さあ、食べましょ?」


 由香里の側にいた子はそう言うと、一人黙々と食べ始めた。その子の名は加鈴と云う名前で、自らこの店に入って来た子だった。


 この業界と云うか、この世界は、誰も自分の過去を話さない。もちろん、みんなお金で苦労したのは共通だろう。しかしながら、この加鈴には不思議と暗さが無い。歳は一番若いが、陽気な性格であり礼儀もわきまえていたので、仲間達からも受けが良かった。いわゆるムードメーカー的な存在であった。


 加鈴は出された料理を一口食べると、歓喜の声をあげた。


「キャァーチョット何~これ? こんな美味しい物、生まれて初めてよ。私なんだか・シ・ア・ワ・セ~~~~」

「バカねぇ、そんなに大げさに言わなくてもいいのにねぇ……」


 中傷にも取れる言葉が出たが、その声の主も出された料理を一口食べると歓喜の声に替わった。


「やぁだぁ~ホントに超、超、美味しい。こんなの食べた事ない~~」


 その言葉でレストラン内の空気が柔らかくなった。次第にアルコールが回ってくると、弘田に絡んだり、笑ったり、泣いたりと色々で、それなりに盛り上がっていった。やはり彼女たちもストレスが溜まっているようだ。


 一時の休息という言葉が似合っていた。


 やがて、アッと云う間に時間が経った。予約時間は二時間だ。仮にもこのホテルは一流ホテルで、延長と言うわけにはいかない。予約で満杯の所を無理いって入ったのだから。しかも、アルコールが回って、ドンチャン騒ぎ状態に突入している。早く退散した方が賢明だな。と弘田は周りを見渡して思った。


「オイ、チェックだ。チェック……」


 おもむろにボーイを呼んで会計を済ませると、レストランからロビーへ、そしてホテルの外にみんなを引っ張り出した。


 外に出るとタクシーが十台待機していた。恐らく、弘田が電話で用意させていたのだろう。イカツイ顔の割には、こまめな所に気が利いている。


「オイ、次に行くぞ。帰りたいヤツは帰ってもいいぞ……。行き先はもう運転手に告げているから、さあ、タクシーに乗った、乗った……」

「「「——ハァ~イ……」」」


 一行はタクシーに乗って、二次会の場所へと向かって行った。着いた先は広いラウンジだった。いかにもと云うような高級感が漂っている。その場所でカラオケ大会が二時間ぐらい開かれ、やがてお開きとなった。


 各々が、タクシーに乗り込みそれぞれが自宅を目指した。由香里も自宅に帰る事にした。美味しい物を食べ、カラオケでストレスを少しばかり発散させる事が出来た。酒もいささか飲み過ぎて少し気持ち悪い。



 自宅のマンションへ着くとベッドに倒れ込む様に横になった。このまま眠りに着きたい所だが由香里の場合、歯磨きをしないと落ち着かない。仕事柄、口の中を洗わないと気が済まない。


 仕方なく洗面所に立ち、左手に歯ブラシ。右手に歯磨きチューブを握る。しかし、歯磨き粉が空だ。絞れば後数回は使えるが、由香里は手に持っているチューブをゴミ箱に捨てて、新しいチューブを探した。無い。スットックしておいたチューブが無い。


「おかしぃなぁ~~? 確か、ここに置いたはずなんだけどなぁ? どこだ?……う~ん、まぁ良いか? コンビニが近いから、コンビニでも行こう」


一旦捨てた物を拾い上げる事を止め、深夜買出しに出る事にした。買出しといっても、このマンションから歩いて五分の所にコンビニが在るので助かる。


 由香里は酒に酔ってフラフラのまま、近くのコンビニへと出掛けた。

 








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