第1節 火造

 #1 "狩人"達

を始めましょう」


 会議の宣言をした切絵の言葉を、"狩人"達は思い思いの場所で聞いている。中心に座る切絵に視線を向けていることは共通しているが、その姿は文字通り三者三様。ソファに不貞不貞しく座る者、壁にもたれ掛かって話を聞く者、手頃なイスに腰掛ける者――優花は、とりあえず切絵の向かい側の席に座って話を聞くこととした。


「大まかな流れは出張組・居残り組双方からの報告、そして今後の方針の検討ね。だけど――」


 言葉を止めた切絵と目が合う。何かを期待しながらじーっと優花の目を覗きこむ切絵の、どこか茶目っ気のある姿を見て、なんとなくこの後の言葉を優花は察した。


「まーずは自己紹介でしょ! ユッカちゃん、できる!?」


 優花の席まで回り込んだ切絵は、優花をその場で立たせた。海翔は行儀悪くソファにもたれ掛かってにやけているし、壁際に立つ少年はきらきらとした目で優花を見つめている。メガネの女性はイスに座って頬杖をつきながら、じっと優花を見て、その出方を待っている。

 どこか緊張する雰囲気の中、優花は深呼吸を一拍。


「はじめまして、朱崎 優花です! 渦波大学の経済学部一年生です! "裏"のこと知ったばかりで、全くのド素人ですが、これからお世話になります!」

「この通り、元気のいい明るい子です。じゃあ続いて出張組、頼める?」

「じゃあ僕から。僕は、浦添うらぞえ 辰巳たつみと言います」


 無邪気さすら残る、ニコニコした表情と共に、少年は優花の元に歩み寄る。顔にあう大きな傷跡が気になりはするが、それを掻き消すほどの爽やかな人柄はまさしく好青年という印象を与える。シャープで明るい表情も相まって、同じ男である海翔とは違い、真っ直ぐそうな少年だ。


「僕、まだ十六なんで、気楽に呼び捨てしてくださいね!」

「そうなの!? え、じゃあ高校生ってこと?」

「一応そうなります。"魔物狩り"にも去年拾われたばかりの、まだまだ新人です」

「ボチボチ新人気分は抜けときなよ? 後輩も来たんだしさ」


 辰巳との会話に気を取られて気づかなかったが、気づくとメガネの女性が近くまで来ていた。メガネの奥にある細い目がじっとこちらを射竦めている。辰巳相手に緊張が緩み始めていた優花は、思わず背筋が強ばってしまう。

 が、女性の口元が僅かにほころんだ。


「あたしは沖田おきた 撫子なでしこ。えーっと、ボチボチ五年目でよかったはず。よろしくね」


 口元には柔らかな微笑み。意外な事に、微笑むと少し可愛らしい印象がある撫子は優花に向けて手を差し出してくる。色白で細い指の先には、うっすらピンク色のネイルが施されていた。


「よろしくお願いします、沖田さん! 指、すっごく綺麗ですね!」

「――ありがと」


 言われ慣れていないのか、撫子は握手の後に手を引いて、所在なさそうに視線を泳がせる。戸惑いも束の間、一瞬のうちにクールな表情に戻しながら、


「撫子でいいよ。あたしも、切絵さんみたいにユッカって呼んでいい?」

「大丈夫です」


 思えば急に切絵から"ユッカちゃん"と呼ばれ始めた。これまで、あまりあだ名をつけられる経験がなかったので、どこか新鮮でくすぐったい。

 

「あの、撫子さんって美容師もやってます? さっき見かけた気がして」

「そうだよ。そっちは入ったばかりの新人。あたしも去年まで渦波大学通ってたんだ」

「渦波大学に美容師さん関係のってありましたっけ?」

「通信で資格とか取ったの。学部は別だよ」


 口調こそつっけんどんだが、奥底には柔らかさを感じさせる語り口。怖い人だと思っていたが、その雰囲気に優花は少し安心した。


「とりあえず、自己紹介はこれぐらいにしましょうか。はっくんと私は省略でいいよね? 以上この五名が、渦波支部の狩人達です」


 ユッカちゃんはまだ見習いだけどね、と切絵は付け加える。辰巳と撫子はそれぞれが元いた場所に戻っていった。


「海翔と切絵さんだけなのかと思ってましたが、他にもいらしたんですね」

「まぁな。ちょうどお前が来たときは出張してたんだ」


 ずっとやりとりを見ていた海翔が口を挟む。さて、と切絵は切り替えのスイッチのように、手を大きく叩いた。


「じゃあここからはお仕事のお話ね。本部出張組から、報告よろしく~!」


 この質問に、辰巳は小さく手を挙げながら答える。


「僕からはないです。出張って言っても、課題出しに行って、気づくと任務に巻き込まれただけですし」

「課題?」

「"魔物狩り"内にある通信制高校のですよ」

「そういうのもあるの、"魔物狩り"!?」


 思ったよりも俗な話題に優花は驚く。そういえば先ほど"高校生"だと言ってはいたが、まさか"魔物狩り"に関する学校もあるとは思わなかったのだ。


「"魔物狩り"は"裏"の人間の寄り合い的な一面もあるからね。小学校課程から高校課程まであるよ」


 私やはっくんもそこで育ったし、と切絵は捕捉をしながら、撫子の方を見る。


「とこちゃんからは?」


 沖田 撫子のどこをどうすれば「とこちゃん」というあだ名になるのだろうか? 海翔を「はっくん」と呼ぶなど、切絵のネーミングセンスは分からない物が多い。優花を「ユッカちゃん」と呼ぶ分かりやすさは、ある意味で異質なのかもしれない。


「いくつかあります。先々月の"十枚舌"の離反を受けてチーム内の連携を密にせよとの通達や、不穏な動きをしてる"闇"の組織についてのリスト、それからネット回線を用いた魔術の使用例が増えているから注意――一応、レジュメにしといたので、後で渡します」

「ネットっつーと、こないだウチでもあったな」

「あれ、本人の技術じゃないかな?」


 海翔と切絵が話しているのは、おそらくは町田のことであろう。そこは優花にも分かるのだが……


「噂話も山ほど。"放蕩匠ほうとうしょう"が渦波近辺にいるらしきこととか、"妖精"犯罪が少し増えているとかですね」

「噂なら僕からも。"ドラッグ"がどうにも最近"表"に出回っているとか、"始祖"の目撃証言とかもありました」

「"始祖"か。そりゃ"狼"が慌ててるだろうな」

「あら、ツクリちゃん来てるの。えー、いつ以来かしら?」


 辰巳や撫子からの報告を、海翔や切絵は楽しそうに聞いているのだが――正直な話、優花からすれば何を言っているのか全くわからない。隠語も用いた、"魔物狩り"における噂話なのだろう。どこか不穏な響きが多いことまでは伝わるが、頭に疑問符が浮かんで止まない優花は、頭の中で無理矢理情報を詰め込みながら皆の会話を黙って聞いている。


 ひとしきり業界内部での会話が終わったときに、ぼーっとしている優花を見た切絵が気づいて「ごめんねユッカちゃん!」と小さく謝ってきた。


「とりあえず、噂とかはまた教えて!」

「分かりました。一応、この町の事は報告してきたので、しばらく駆り出されることはないと思いますが」

「この状況下、町を離れる余裕はねぇだろうな」

「そうみたいね。こちらからは以上です」


 撫子が座椅子に腰掛ける。切絵が小さくありがと、と呟きながら、紅茶を一口含んだ。


「では、こっちのことも話すわね。ユッカちゃんがここにいる理由にもなってるんだけど――」


 神妙な面持ちをしながら、切絵はここ数日の出来事を話し始める。


 二人が出張に行った直後、"表"の人間が、急に魔術に目覚めて暴れる事例があったということ。これは、海翔がすぐに解決したし、単独の事件だと思っていたが――。


 その事件の直後に、魔術を使ったと思しき連続放火事件があったこと。

 調査の中で優花がコラージュを訪れて、見えない少女の話をしたこと。

 切絵や海翔は見えなかった少女――ランが、何故か優花と放火魔町田には見えたこと。

 ランの正体は、三月に謎の自殺を遂げた朱崎あかざき 満月みつきであるということ。

 彼女を巡る騒動の中で、"生徒"に力を与える存在……"天使"と出会い、ランは殺されたということ。

 


 切絵が話していくごとに、一昨日までの記憶が蘇っていく。ランの笑顔も、凄絶な最期も、今なお脳裏に鮮明に焼き付いている。

 辰巳も撫子も黙って話を聞いていた。


「ランちゃんが死んだとき、ちょうど私も別件に巻き込まれてたの。こっちは、深山みやまさんが事情聴取してるけど、やっぱり犯人は"裏"のことなんかロクに知らなかったって」

「留守の間にそんなことがあったんですね。やるせないです」

「本当……それこそ、あたしか辰巳のどっちかが残ってればまた色々違っただろうに」


 ぽつりと呟いた撫子の言葉に、海翔が大きな溜息を漏らして立ち上がる。


「たらればの話なんか、何の意味も生産性もねぇ。起きた事は起きた事で流してくしかねぇだろ」


 海翔がぴしゃりと言い放ちながら、俯いている優花を顎で示す。撫子ははっとした様子で、優花の方を見た。 


「……ごめんね、ユッカ」

「いえ、大丈夫です! ちょっとだけ、思い出しちゃっただけで」


 そう、考えても意味なんかない。

 海翔の言葉は最もである。自分の様子を見て放ってくれた言葉の真意には、素直に感謝している。

 それでも、ランと今でも一緒にいられる可能性があったのならば……嫌でも、意味がなくても、どうにも考えてしまう。


 湿っぽくなってしまった空気を見て、思うと一同の顔が曇っている。

 頭にぎるランとの思い出を、今は少しだけ記憶の片隅にやって、優花は笑顔を見せた。


「本当、大丈夫です! お姉ちゃんから、生きろって託されたんですから!」


 四人は四人とも、優花の笑顔を見る。辰巳と撫子は何か言いたそうな様子であったが、それを遮るかのように切絵は言葉を紡ぐ。

 慈愛に溢れる笑顔に、言いたい言葉をひとまず隠しながら、この場をまとめるリーダーとして、話を続けた。


「じゃあ、話を続けます。とりあえず、現状の大きな目標は、"教導者きょうどうしゃ"を追うこと、でいいかな?」

「"教導者"ってなんですか?」


 質問の主は辰巳であった。見ると撫子も頷いている。この隠語は出張組二人も分かっていないようだった。その質問には海翔が代わりに答え始めた。


「今回の事件の首謀者のことだ。"表"の人間に力を与えている不貞ふてェ野郎を、とりあえずそう呼んでた」

「そう。"表"の人間に力をばらまく行為のことを、便宜上"教導きょうどう"と呼んだ所から来てるよ」

「あ、だから力を与えられたアタシみたいな人の事、"生徒"って呼んでたんですね」


 その通り、と海翔と切絵が優花に頷く。

 どこからともなく引っ張り出したホワイトボードに、切絵は今の情報をまとめていった。


 "生徒":急に魔術の力を持った"表"の人間達のこと。

 "教導":"生徒"に力を与える方法のこと。

 "教導者":その"教導"を行っている、今回の犯人のこと。


 さらさらと書く字は、そこまで上手ではなかった。形は整っている物の、どこか綺麗とは言い難い。やや意外な字だった。

 辰巳と撫子は、それを見ながら、しずしずと頷いた。


「"教導者"の最有力候補は"天使"こと雪那せつな。ただ、これは今のところ手がかりゼロ」


 ランが逃げ出した施設にいたらしき、退廃的ながら、妖しき女、雪那。町田が"天使"と言って崇拝していた謎の女だ。その響きに、優花の心臓はひときわ激しくドクンと脈打つ。


「そこが難点っすよね。とりあえずは、今後起きていく"生徒"達から聞き出すのがメインになってくるか?」

「受け身がちになっちゃうけど、今はそれしかないよね。足取りが分かり次第、そっちを追跡――かな」

「少しもどかしいな。ユッカは知らないんだよね」

「はい。そもそも、アタシはその"教導"された記憶もないので――」

「へぇ……。なんか、よくわかんないね」


 嘆息混じりに呟く撫子。切絵はホワイトボードに「こまった……」と頭を抱える可愛らしいイラストを描き足していた。


「それと並行して、優花の鍛錬もだな」

「知識面、技術面、どっちもこれからだもんね。基本的に私かとこちゃんが知識を、戦闘技術ははっくんとドラくんが担当で行こうと思うけど、どう?」

「意義なしですけど、実地訓練はしないんです?」


 辰巳がホワイトボードを眺めながら、切絵に問いかける。切絵は「ぱわーあっぷ!」と筋肉むきむきな少女のデフォルメイラストを描いているが、もしかしてこれは優花をモチーフにしてるのだろうか? 絵柄は可愛らしいのだが……。


「そうね。誰かと一緒に出撃しながら、現場には慣れた方がいいね」

「あたしも賛成。この仕事、現場出てなんぼな所ありますし」

「オレもだ。こいつ、度胸は一人前の"跳ねっ返り"だから、お前らも気をつけろよ」

「どんな言い分よそれ! 誤解されるでしょ!」


 海翔の言葉に、辰巳は明るく笑い、撫子も頬を綻ばせる。今のやりとりで、どことなく優花のキャラがバレてしまったような気がする。


「じゃあ、まとめます。目下の目標は"生徒"が起こす事件を追いながら、雪那の情報を集める。そして、ユッカちゃんを強化しながら、各自も戦力を上げていくこと、かな」


 端的なまとめに、全員が頷く。切絵は満足そうに頷いた。


「じゃあ、これで会議を終わります。休めるときに休んでおきましょ」


 すると、海翔の腹の音が鳴る。「よっしゃ!」とソファから立ち上がりながら、


「腹減ったな、メシ行かね?」

「賛成! いつもの中華ですか?」

「あたしも行く。今から準備するの大変だし」

「よっしゃ、優花と姐さんはどうする?」

「アタシも行きたい! もっとみんなの話聞いてみたいし!」

「そうね。ささやかだけど、ユッカちゃんの歓迎会でもしよっか」


 気づくとできあがった二次会の流れ。海翔達に続いて外に出ようとすると、切絵が「待って、ユッカちゃん」と呼び止める。


「なんですか?」

「もみじちゃんのこと聞いた?」

「……えーっと、誰のことです?」


 全くもって思い当たらない名前に面食らってしまう。独特すぎるニックネームに、どこか無自覚なのは切絵らしいのだが、どれだけ考えても誰のことをさしているのか分からないのだ。


美鹿子みかこちゃんのこと」

「あ、それなら聞きましたよ」


 恵湖けいこ 美鹿子みかこ……自殺を望んでいた所を町田に目をつけられて、家を放火されたところを、優花が助け出した女性だ。彼女とのやりとりにはすったもんだあったのだが、今は前向きに生きていこうとしている。かくいう優花は、あの後に美鹿子と連絡を取り合っている。


「今、喫茶店の方で働いてるんですよね?」

「そう! 制服すっごく似合ってたの。また今度顔出してあげて?」

「はい。アタシ、なんだかんだでまだ客として行った事ないですし!」


 思えば、ここの喫茶店をまだ真っ当に利用したことはない。ずっと気にはなっていたので、今度は使ってみようと決めているのだった。


「あの、そのことですか?」

「それもあるけど、さっきの、ランちゃんのことを話したかったの」


 ドキッと、優花の心臓が激しく脈を打つ。雪那の話を聞いたときとは、真逆の驚きだった。


「あぁ、あのことなら本当に――」

「すぐに割り切ろう、なんて思わなくてもいいんだよ」


 優花の笑顔うそを見抜くかのように、切絵は悲しそうな顔でそう話した。


「ユッカちゃんが強い子だ、ってことは付き合いの短い私でもよくわかる。きっと、元気じゃないときでも元気って言っちゃう、そんなタイプの子だなって」


 切絵は優花の近くに来て、その肩に手を置く。

 惹き込まれそうな程に、優しい眼差しだった。


「物騒な仕事だから――ここにいる全員、大なり小なり、そう言う離別や後悔は抱えてる。だって、私もはっくんも、ランちゃんを守れなかったこと、まだ忘れられないもの」

「……」


 切絵の手が、優花の胴に回る。優しい力で引き寄せられ、そのまま切絵は優花の事を抱きしめた。


「美鹿子ちゃんみたいに、救えた命もあれば、救えなかったランちゃんのこともある。私たちの仕事は、そんなことの繰り返し。だからこそ、救えた命のことも、どうか考えて欲しいなって」


 力強く、しかし優花の体を気遣って優しく。包容力に溢れる切絵の温かい感触が、優花の心を溶かしていく。

 ――あれから流せなかった涙が一筋、優花の頬を静かに伝った。


「ユッカちゃんは、前を向く力が強いから、余計なお世話かもだけど――悲しみに暮れること、後悔をすることは決して悪いことじゃない。私でもいいし、はっくん達でもいい。悲しさを癒やす手助けはみんなしてくれるから、遠慮なく、先輩達の胸を借りてね!」

「――はい!」


 少しだけ、喉にツンとくる物がある。赤くなった目元を拭いながら、優花は涙混じりに返事をした。

 切絵の満面の笑顔と共に、頷く。


「――さっきよりも、ずっといい顔だよ」

「ありがとうございます!」

「じゃ、お腹減ったし食べに行こっか。私のおごりだよ!」


 胸の中に残っていた、僅かなつっかえが少し楽になった気がする。

 切絵の言葉に素直に喜びながら、優花はコラージュを後にした。

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