#5 陰陽併せ持つ少年

「切絵さん、先に断っておきますが、今回僕は

「あら、戦闘なしで捕らえる自信がないとか?」


 時は少しさかのぼり、移動中の車内にて。

 辰巳の宣言に対して、意地悪い返答をする切絵。しかし、この質問は答えが分かっていると言わんばかりの、言ってみれば確認のための質問だった。


「手口にも依りますが、速攻で撃ち抜くぐらいは訳ありません。戦闘の理由は二つあります。一つ目は、生徒の実力を測りたいから。二つ目は、優花さんに経験を積ませたいからです。よろしいですか?」

「いいよ。でも、どっちかというと一つ目が本音でしょ?」

「バレました? いやぁ、ここ最近戦闘が全くなくて退屈だったんですよ!」

「はいはい。取り逃がすことのないようにだけね?」

「はい!」


 気持ちのいい返事をしながら、辰巳は優花に向かう。


「僕の戦法を説明しますね」


 辰巳はひとしきり自分の戦法を話していく。分かったような、分からないような――情報を頭で整理している中で、辰巳は優花の手を握り、""を一つ握らせる。


「優花さんに、これを渡しておきます」


 手のひらにすっぽりと納まる""に驚く優花をよそに、辰巳は更に言葉を続けた。ひとしきり、使を説明した後に、辰巳はニコリと朗らかな笑みを浮かべる。


「優花さんの覚悟を、見せてください」


 少年らしい無邪気ながら、青年らしい爽やかさを覚える笑顔だった。


 ***


 目の前で戦闘を繰り広げる辰巳と芥を眺めながら、優花は車内での出来事を思い返して、ポケットにしまった""を握りしめた。


 自分がいなくとも、芥を相手に勝利することは可能であろう。"生徒"は確かに強力な魔術を用いるのだが、戦闘のプロではない。日々戦闘に身を置く"狩人"達とは比べるべくもないことは、先ほどの辰巳と芥のやりとりからもなんとなく察し取れた。


 だが、それでも辰巳は車内で確かに言った。

 覚悟を見せてくれ、と。

 それはつまり、"優花が戦う場面がある"と暗に言っているようだった。


 刻一刻と戦場は変わっていく。このままでは、優花が覚悟を見せる前に終わってしまうだろう。焦る思考の中で、優花はふとあることに気づく。


 ――そういえば、辰巳くん、なんであんなことアタシに言ったんだろ。


 先のやりとりの中で、はっきりと、名指しで優花に向けて伝えた言葉があった。

 その言葉を噛みしめながら、改めて場を見渡して――


 ――……もしかして、


 気づいた優花は、走り出す。

 彼女のたどり着いた結論。その先は――


 ***


「この銃は弾丸に魔力を纏わせ、放つことのできる"式装しきそう"です。銃のスペックは、元となっている『S&W M19』と同程度です」

「……は?」


 凧に張り付いて、憤怒の形相を見せる芥。左手に持った銃を、真っ直ぐに向ける辰巳。


 この状況下で、辰巳は自分の銃の事を高らかに話している。


「装填数は六発ですが、今は五発入ってます。ここまでいいですか?」

「だからなんだ、クソガキ!?」


 芥が辰巳に聞いたわけではない。にも関わらず、銃について説明し続ける辰巳の意図が全く分からないのだろう。芥の怒りはより激しい物となる。


「いえ、そちらの"凧"について種が割れたので、こっちも情報開示しておこうかなと」

「それがテメェに何の得になる!?」

「なにも。強いて言えば不利になります」


 「はぁ!?」と吼える芥をなだめるように、右の手のひらを見せる辰巳。その意図は、それだけではない。


「そして、僕はこの五発でケリをつけます」

「ふざけるなぁ!! てめぇ、馬鹿にするのもいい加減にしろぉ!」


 芥の怒号と共に風が吹きすさぶ。屋上全域に吹き付ける、強烈な突風に辰巳は目を覆った。

 突風を目くらましにし、攻撃を仕掛けてくるのではないか。目を覆った分、耳に神経を集中させて辰巳は構える。耳に入るは、風に靡くの音。心当たりと共に目を開けた辰巳は、周囲の景色を確認した。


「ほう、まだ凧はあるんですね」


 芥が張り付いている凧も含めて、その数は四つ。四方から辰巳を囲うように配置されている。一番最初に辰巳が撃ち抜き、床に落ちている凧を入れれば五つ。恐らく、芥の持つ凧はこれがすべてであろう。


 芥の姿を確認するや否や、辰巳は一発放つ。

 銃口を向けられた瞬間に、芥は右手を伸ばした。そして、凧に糸を巻き付けると同時に移動をする。

 傍目から見ている辰巳の目には、凧から凧に瞬時に移動したように見えた。


 移動した後の芥は、元いた凧を見やる。空中に縫い付けられたが如く、制止したままの凧は、傷一つついていない。辰巳の銃が外れたのだと悟り、芥はほくそ笑んだ。


「貴重な一発、外してるぞ!」


 こちらの番だと言いたげに、芥は凧から糸を伸ばす。伸ばした糸は辰巳の立つ屋上へと結ばれる。


 辰巳の想像していた通り、この"凧"と"糸"のある場所であれば、どこにでも現れることができる。そして、移動の際、体の一部だけを出すという事もできるのだ。ちょうど辰巳の首筋の真横を通る部分に、芥は右腕だけを出す。先ほど、辰巳の頬を抉った一撃もこの方法であったのだ。

 とは言っても、芥の爪は特別鋭利にしているわけではない。では何故あそこまでの一撃をたたき込めるのか――芥の爪には"風"を纏わせているのだ。魔力で生み出した風は、爪を中心に丸鋸よろしく高速で回転している。これにより、精々ミミズ腫れがいいところのひっかきを、"風の刃"による切り裂きへと変えているのだ。


「死に晒せぇえ!!」


 激しく渦巻く風が、剥き出しになった殺意を表している。芥の爪は迷うことなく辰巳の頸動脈に向かい――


「見えてますって」


 触れる寸前、身を引いて首の位置をずらした辰巳。避けられると露にも思っていなかった一撃を躱されて、芥の腕は間抜けにも伸びきっている。見えない糸から剥き出しとなったその腕を、辰巳は右手で掴むと同時に、


 手の甲に向けて、弾丸を撃ち込んだのだ。


「痛ぇええ!!」


 攻撃が不発に終わったその瞬間に、芥は瞬間移動を発動させて、元いた凧まで戻っていた。そのため、弾丸は芥の右手を一瞬だけ掠めて、その後は屋上のコンクリートを撃ち抜く。しかし、僅かな接触でも激しく痛む右手を押さえる芥に向けて、辰巳は追い打ちと言わんばかりに弾丸を放つ。


 気づいた芥は、間一髪の所で左手を伸ばして、別の凧へと瞬間移動する。元いた凧には、ちょうど芥の額辺りに風穴が空いている。それを見て、芥は戦慄した。


 移動先の凧は、最初に芥が張り付いていた凧――つまりは、先ほど辰巳が撃ち漏らした凧である。移動先が読めていると言わんばかりに、辰巳は迷うことなくその凧を見つめて、涼しく口角を上げる。


「……そろそろ届く頃合いです」


 不思議な言い回しをする辰巳の声が、芥の耳に届く。

 何が届くのか? 疑問に思った芥の足に、強烈な痛みが突き刺さる。


「うぉおおおお!?」


 芥の絶叫が響く。耐えられぬほどの痛みから、芥は凧からずり落ちてしまう。低空を飛んでいた事が幸いして、屋上へと投げ出された痛みに気を失うことはなかったが、その痛みすら生ぬるいほどに、芥の足にはとてつもない痛みが襲っている。


「痛い痛い痛い痛い!!」


 身の内側から焼かれるような痛みに悶えながら、わき上がる疑問に更に恐怖を覚えている。


 辰巳が撃ったそぶりなどなかった。ならばこの弾丸はなんなのか――こつこつ、とゆっくりと歩みを進める足音の主が、その答えを話し始めた。


「僕の持っている属性は、"光"と"闇"。他の属性はまるで使えませんが、その分僕はこの二つの属性を使いこなすことができます。で、僕が最初に撃った弾丸には"闇"の属性を纏わせたのです」


 銃口から漏れる硝煙に息を吹きかけながら、辰巳は言葉を続ける。


「あの一撃、まさか外したとでも思いましたか?」

「いてぇ、いてぇよぉぉおお!」


 撃ち抜かれた足をさする芥。子どものように泣きじゃくる姿を、辰巳は冷めた目で見つめ、嘆きを無視して話を進める。


「あれ、別に外してません。"闇"の属性を纏わせた弾丸は、"弾速が遅くなる代わりに、威力が激増する"という性質があるんです。ここまで言えば、後はおわかりですよね?」


 最初の一撃は凧を撃ち抜けなかった訳ではない。

 


 四つの凧を瞬間移動する相手に、普通に撃っても当たらない。であれば、罠を仕掛けるほかない――そう考えた辰巳は、一発目に"闇"の弾丸を選んだのだ。

 到達までに時間がかかる弾丸を敢えて撃ち込み、再度そこまで芥が戻ってくるようにしかける――その目論見に、芥はまんまと引っかかってしまったのだ。


「勝負ありですね。僕、戦闘は好きなんですけど傷つけるのが好きって訳じゃないんです。大人しく抵抗してください」

「――まだだ」


 涙声を滲ませながらも、その一言ははっきりと辰巳の耳に突き刺さる。聞こえた思わぬ一言に、辰巳の足は思わず止まってしまった。


「まだ終われねぇ!」


 芥は左手を伸ばし、凧へと瞬間移動する。

 辰巳はすぐさま手を伸ばした方向に目を向けるが、芥は既にいない。四つの凧を行き来しているのだ。時には順繰りに、時には飛ばしながら、瞬間移動を繰り返し続けている。


 ――ほう。


 芥は未だに折れていない。

 辰巳の心の中に生まれたのは、芥に関する素直な感嘆の気持ちだった。


 糸を結び直す一瞬だけ姿を見せるのだが、その練度がこの土壇場で跳ね上がっている。一瞬見えたと思えば、すぐさま消えて、別の凧に現れる。動体視力には自信を持つ辰巳でも、既に芥の姿が捉えきれなくなっているのだ。


 今ならどこからでも奇襲をしかけられるであろう。

 そんな危機的状況にありながら、辰巳はニヤリと静かに笑う。


 銃を片手に、芥を狙うそぶりを見せる。しかし、これはあくまで、その銃の動きは牽制に他ならない。


 ――さて、『追い詰められると最終手段に出る』ですよ。


 彼の狙いは、全くの別にある。


 ***


 悔しい。


「――まだだ!」


 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!


 未だに燃える激しい痛みを覆い隠すように、悔恨の念が、芥の脳裏に浮かんでくる。腹の奥底から沸き上がる悔恨の念が、この土壇場で芥の魔力を引き出していた。


 瞬間移動を繰り返しながら、辰巳の様子をうかがっている。涼しげな顔で銃を向け続ける彼を見て、芥の中の悔恨が怒りへと形を変えていく。


 ――あのクソガキにやられた! ここまで調子よかったのに!


 ――いや、ここでアイツは殺す! そしたら、またひったくりを続けてやる。きっと俺も"怪盗チェスター"みたいに有名になれる!


 ――そうすれば、俺を見下してきたいろんな奴らを見返せる!


 内に秘めたる野望が、芥の魔力を増幅させる。糸を張ってから移動までのインターバルが徐々に短くなってきて、ついに辰巳も捉えられなくなっている。その事実に安堵して、芥は屋上全体を見渡して、ある事実に気がついた。


 辰巳に着いてきていた女が、


 ――今なら仕掛けられる! 


 一番最初、謎の狙撃によって凧を撃ち抜かれた時から、芥は戦闘に入ることを覚悟していた。

 その時から用意していた策を、ようやく使うことができる。


 そう、撃ち抜かれた凧は使。あそこに糸を張れば、瞬間移動ができるのは確認している。不意打ちの瞬間移動と共に、女を人質に取ることができれば、この状況をひっくり返すことができる――。


 勝利のビジョンを確信した芥は、横たわる凧へと手を伸ばす。


 辰巳は、未だ四方に広がる凧を見て芥を探している。こちらに移動したことに気づいていない。その事実にアドレナリンが脳内に広がり、足の痛みすら打ち消す。女の元へと突っ走る。


 驚きと共にこちらを見つめる女に向けて手を伸ばした所で――


「ッ!?」


 女――優花は、拳銃を両手で持って構えたのだ。

 険しい視線は、芥に対する強い敵意が込められている。


 突きつけられた銃口に一瞬芥の足も止まるが、しかし分かっている。

 あれは、先ほど自分が辰巳から奪った銃だ。

 ただの脅しでしかないと判断した芥は、指先に魔力を纏わせる。回転させた"風の刃"を振りかざしながら、優花に迫っていき――


「うぉおおお!」

 激しい剣幕を見せながら、優花は絶叫と同時に引き金を引く。

 撃鉄が落ち、


 ***


 ――やっぱり!


 芥が現れた時、優花が思ったのは考えが当たったことに対する喜びが半分、これから行う事に対する緊張が半分だった。


 爛々と妖しく目を輝かせる大の男が、明確な殺意と共に迫ってくるのだ。浮かぶ恐怖は当然ある。


 そんな恐怖に重なるように、満月ランの最期を思い出す。


 あの時の悔しさは、未だに胸の中に残っている。救えなかった後悔と共に涙を流し、そして同時に抱いた決意を思い出す。


『知りたい事があるなら、自分で求めたらどう?』


 ……雪那を追い求め、ランの、満月の、死の裏にある謎を解く。


 だからこそ、こんな所で止まるわけには行かない。


 決意を目に宿らせて、優花は緊張を振り払うように、勢いよく銃口を芥に向けた。

 車内で辰巳からもらった""は既に込めている。


「ッ!?」


 一瞬のひるみと共に芥の足が止まる。


 芥は何かを考えているようだが、優花はそれよりも目先のことに集中する。車内で辰巳から教わった、魔力の込め方だ。


 ――『グリップをぐっと力を込めて握れば魔力は流れます。相手を倒すとか、相手に一泡吹かせてやるとか、そういった感情の昂ぶり。それが、尤も手っ取り早い魔力の込め方ですよ』


 感覚的な言い方ではあったが、辰巳の助言は案外自分の肌に合っていた。

 手から銃に向けて、力が込められていくのを感じる。恐らく、これが魔力を込めるということなのであろう。


 止まっていた芥の足が動き出す。

 左手の指先には、魔力によって生み出された風の刃を回転させながら、優花を切り裂かんとその腕を振り下ろす。


 ――こっちだって、止まれないのよ!

「うぉおおお!」


 優花は吼えながら引き金を引いたのだ。

 撃鉄が落ち、弾丸が放たれる。


 一瞬に満たない時間だったが、その弾丸の姿が優花の目に止まった。

 優花の魔力を纏った弾丸は、どこか朱いガラスを纏っているような気がして――。


 不思議と、

 優花には、弾丸それが"ビーズ"の形に見えた。

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