#1-2 "放蕩匠"
「二人ともありがとう。やっぱり"生徒"の犯行だったか」
報告を受けた切絵は二人に軽く礼を言うと、創の方を見る。
「ツクリちゃんも人が悪いわね。あなたなら返り討ちにできるでしょうに」
「まぁ、そこはタツミくん達もいたし、楽させてもらったわ!」
あっはは、と明るく笑い飛ばす創。彼女が奪われた荷物は、"式装"作りの道具であったという。どう考えても盗られては困る物だと思うのだが、その辺は寛容というか暢気というか……。
「そうだ。ツクリちゃんにお願いがあるんだけど」
「なーに? 取り返してくれた分ぐらいの仕事はしてあげるけど?」
「そこのユッカちゃんに、"式装"を作ってあげて欲しいの」
「あぁ、いいアイディアですね」
控え室でぐっすり寝てきたのか、辰巳は元気を取り戻している。頬の傷も既に塞がっていた。
「え!? いいんですか!?」
「イヤだった?」
「いえ、そんなことないです!」
思いがけない切絵の提案に優花は目を丸くする。"裏"の世界で戦うと決めた優花にとっては、願ってもいない提案だ。優花は創の方を向いて頭を下げる。
「ほぉ~。ユウカちゃんの"式装"かぁ」
「創さん、よろしくお願いします!」
「ふむふむ、なるほどねぇ」
「顔上げて」、そう言うと創は優花の全身をじっと眺める。顎に手をやって、時折頷きながら観察を一通り済ませた後――。
「お断りよ。いくらキリエちゃんの頼みでも、それは無理」
ぷいっと優花から顔を背けて、創は言い張った。
思いがけない言葉にそれまでの和気藹々とした雰囲気が一瞬凍り付く。切絵は表情を崩さず「ツクリちゃん?」と口を切った。
「――当然、必要な経費は追加で払うよ。それでも?」
「お金の問題じゃないわ。だって、わたし、この娘にムラムラしないんだもん」
「それは――」
「それはどういう意味ですか?」
話そうとした切絵の言葉を遮って、優花が話を続ける。"裏"の世界で戦い抜くための千載一遇のチャンスに、水を差されたのだ。切絵が問いかけるよりも先に優花は動いていた。
「そのまんまの意味よ。わたし、欲情しなきゃ"式装"作りはしないって決めてるもの」
「答えになってません! どういう意味ですか!?」
苛立ちの籠もった優花の声を、創は腕組みをしながら溜息をつく。
「ずばり、あなたからは将来性を感じない。それだけよ」
「そりゃ、まだ"裏"の世界のことは全然知らないですけど、あんまりじゃないですか!?」
「将来性もないような子に、わたしの"式装"は預けられない。大人しく自分磨きでもして、男見つけて子作りして、平凡に生きるのがお似合いよ」
先ほどまでの会話とは違う、冷たく言い放つ言葉。
対して、優花の感情は高ぶり、熱い怒りが籠もっていく。
「それができない理由があるんです! アタシは、何が何でもお姉ちゃんの真実を知りたいんです!」
「――さっきキリエちゃんから聞いたけど、だからなに? 失ったものは、何をしても戻ってこないのよ。諦めるのも立派な手だと思うけど?」
「諦める――?」
「そ。真実を知ったところで、あなたのお姉ちゃんは戻ってこないでしょ? 知ってどうなるのよ」
――プチッ
何かが切れた音がして、
優花の体は突き動かされていた。
「ユッカちゃん!」
「優花さん!」
切絵が叫ぶ声が聞こえる。辰巳の手が、優花の肩をぐっと引っ張る。
それで優花ははっとなった。
気づくと、優花は創の胸ぐらを掴んで拳を振り上げようとしていた。
対する創は表情一つ変えずに優花を冷淡な目で見ている。
自分はどんな顔をしているのだろう――激しく脈打つ鼓動と、吐き出す息の激しさから、おおよその想像は付く。
「怒るのはご尤もですが、抑えてください」
冷静な辰巳の声を聞いて、優花は創から離れながら息を整えていく。
それでも、目の前の
そんな優花を見て、女は――創は、口元を綻ばせる。
「へぇ、ちょっとはいい表情もできるじゃない。でも、その程度ならまだまだね」
「ツクリちゃん!」
痺れを切らした切絵の大声が聞こえる。自身に向けられた叱責の声を押さえ込むように、創は手のひらを優花に突きつけた。
ピースサインのように、示されたのは二本の指。
「わたしは、この町に二週間いる。その間に、わたしをムラムラさせたら、作るかどうか考えてあげるわ」
「望む所よ!」
考えるよりも先に優花はその返事をしていた。
「見てなさい! 二週間あれば、アンタに認められるぐらい余裕だから!」
「口だけ達者でも、結果がすべてよ。精々足掻いてみることね」
そう言い残すと、創はひらひらと手を振りながらコラージュを去って行く。
その後ろ姿を、親の敵でも見るかのように優花は睨み付け続けていた。
「こうしちゃいられない! 海翔の所行ってきます!」
怒りを一歩一歩に込めながら、優花は歩みを進める。
切絵も辰巳も、いまだに怒り続ける優花を前にかける言葉を失っていた。
……こうして、創に対する怒りを抱いたまま、優花は海翔との鍛錬に向かったのである。
***
「なるほどなぁ」
優花の話を聞き終えた海翔は、コクリと頷く。
「何がムラムラさせたら~、よ! ふざけてる!」
「創さんは、まぁそう言う人だ。しゃーねーさ」
そう言って遠い目をする海翔。思えば、創の方も海翔のことを知っている様子だった。優花は不思議に思って問いかける。
「ねぇ、もしかして海翔の刀も創さんが造った物だったりするの?」
「いや、違う。オレの武器はなんつーか……まぁ、特殊な代物なんだよ」
右の手に出すは、鞘に収まった日本刀。そのまま海翔は優花に向けて差し出してきた。
「なに? まさか使ってみろって?」
「おう。まぁ、抜いてみろよ」
刀を優花は受け取る。刃渡り七十センチほどの日本刀は、優花の右手にずっしりとのしかかった。軽々と振り回していた印象だったが、とてもじゃないが持つだけでも相当重い。重さに感動するように、小さく頷いた。
優花はやっていないのだが、数人の友達が刀剣をモチーフにしたゲームをしていたことがある。その時に気になって調べた事もあって、優花は刀に興味はあったのだ。
「思えば、初めて持つかも」
「現代社会じゃ、よっぽど刀なんざ持たないだろうよ」
無骨さと純朴さの狭間とも言える、黒塗りの鞘。特別な意匠が施されている訳ではないのだが、逆を言えば飾らない気高さすら感じられる。ホオノキか白樺か、流石にそこまでは分からないのだが、木の感触が残る滑らかなさわり心地。鞘の所々には傷があって、海翔がどれだけこの鞘を頼りにしてきたかを静かに物語っている。
へぇ、と感嘆しながら優花は柄に手をかける。柄に巻かれた純絹製の柄糸は、実に握りやすい。ぎゅっと力をこめて刀を握り、鞘から抜こうとした優花だが――
「……あれ? あれ?」
抜くことができないのだ。どれだけ力を込めようとも、鞘から刀が出てくることはない。まるで強力な接着剤か何かで固定されているようだった。
顔を真っ赤にしながら無理矢理抜こうとする優花に、海翔は「壊すなよ?」と冗談交じりに話す。
「なんとなく分かったろ? その刀はオレにしか抜けない。貸してみろ」
海翔の言葉にしたがって優花は刀を返す。柄に手をかけると、海翔は軽々と刀を抜き、剥き身の刀身が露わになった。
「この刀がなんなのかは、機会があったら話してやるさ」
そう言うと海翔は刀をしまう。この話は終わりだと言いたげな態度に、優花はがっかりする。刀についての謎は深まるばかりだった。
「一応言っておくが、創さんの"式装"造りの腕は本物だぞ。魔物狩りで流通してる汎用"式装"……辰巳の銃みたいな物だな。あれの原型は創さんが造ってる物も多い。初心者向けで、使いやすかったろ?」
「へぇ……なるほどね」
ある意味で、優花は既に創の"式装"に触れているということになるのか。内心で複雑な気持ちになる。
当然、撃つのには相応の覚悟が伴ったのだが、初めて"式装"に触った優花でもこと用途という意味においては、とても使いやすい代物だった。
「まだ知らないだろうが、撫子の"式装"も創さんの"子ども"だ」
「"子ども"?」
「あぁ。創さんは自分の手がけた武器のことを"子ども"って言ってる」
妙な言い方をする物だと優花は思う。
「撫子の技術に合わせてのオーダーメイドでな。とにかく、創さんの造る"式装"は使いやすくて、その上持ち主にぴったりと合うことに定評がある」
「そっか……でも、それ聞いても納得できない!」
思い出してしまった創の言葉に、優花は再度怒りがわいてくる。そうだろうな、と海翔は笑う。
「ただ、これだけは言える。あの人の"式装"を手に入れることは、雪那に向かうための近道になる。焚きつけるわけじゃねぇけど、この二週間は天王山になることは違いない」
「当然! それぐらい分かってるっての!」
優花は勢いよく手を叩く。その様子を見て、海翔は「ま、お前ならそう言うわな」と小さく微笑んだ。
「そのためにも! 海翔、手伝って!」
「はいはい。跳ねっ返りのお嬢様、っと」
木刀を手に持つと、海翔は軽く振り払う。
その素振りは、流れる空気を一瞬断ち切ったかのような鋭さだった。
「ま、まずは三十秒ぐらいいなす所から行こうか」
***
今日の結果
十三回
二十三秒
「もーっ!!」
肩で息をしながら、倒れ伏す優花の叫びが月夜の空に響く。
空に浮かぶ月は、その姿に戸惑うように雲の後ろに隠れた。
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