#2 魔力とは?

衛島えとう 切絵きりえのーー! 誰でも分からせる、"裏"知識のコーナー!!」


 ノースリーブで露わになった細く、白い腕を突き上げながら、切絵は「イェーイ!」と声を上げる。盛り上がる切絵に対して、優花もイェーイ! と合いの手を入れる。

 現在二人がいるのは切絵の家。三日ぶりだが相も変わらず整頓された上品な部屋の中、机を挟んで優花と切絵は向かい合っている。切絵の後ろに、当然のようにホワイトボードが鎮座しているのは、やはり違和感があるのだが。


「ってなんかキャラ違わないですか!?」

「ユッカちゃん、こういう授業の方が好きじゃない? そうじゃないと眠くなるタイプじゃなかった?」

「図星ですけど!」


 教師が淡々と教科書を読んでいた現社の時間。あれはお昼寝の時間だったなと思い返しながら、優花は視線をずらす。


「ということで、盛り上がっていきましょう! あ、でもスマホは禁止だからね!」

「わかりました。その辺は厳しいんですね!」


 ちなみに、今日は金曜日。優花の講義は一限だけで、終わったと同時に堂々とここに来ている。切絵は有給を使っているみたいで、午後からが美容院の出勤であるらしい。折角の有給を"裏"の授業に当ててくれているのだ。二足のわらじとは大変だと思うのだが、疲労を一切顔に見せない。どころか、とても楽しそうにしている。


「最初のテーマは、魔術について! 色々気になってるんじゃないかしら?」

「は、はい! 正直、魔術ってなんなんだろとは思ってます!」


 そう、ここまで海翔が町田や雪那と戦うところは目の当たりにしていたのだが――実のところ、魔術がどういった物なのか、優花はいまいち分かっていないのだ。優花の反応に切絵は満足そうに頷きながら、


「そうよね。ぶっちゃけ、フィーリングで使ってる人って多いし、感覚的な理解で全然オッケーだよ」

「そういう物なんですか?」

「そういう物なんです。だから、無理しない範囲で覚えてってね?」


 再度の念押しをしながら、切絵はさらさらと字を書いていく。読みにくいことはないのだが、上手とは言い切れない不思議な字体で「魔術講座 第一回」と描かれていく。


「そうね、今日は魔術の元になる魔力の説明からいきましょうか」


 デフォルメされた丸っこい人間が、地面に立っている絵を描く。切絵は人間の外側に、小さな丸をいくつか描いていた。


「魔力は至る所に溢れています。この大気にも、大地にも流れていて、我々生物はその魔力を吸収・活用しながら日々の生活を送っています」

「人間は、無意識に魔力を使ってる、ってことですね」


 初めて出会った日に、海翔から受けた説明を思い出す。切絵はニッコリと頷き、「一部例外もあるんだけどそれはまたどこかでね」と続きを話した。


「本質的には同じ物なんだけど、体内に取り込んだ魔力のことを""、大気に流れている魔力を""と便宜上いいます」


 切絵は人間の体内にも丸を描いていく。体内にある丸が"オド"、体外にある丸が"マナ"ということであろう。イラストも相まって、優花は少しずつ理解していく。


「我々魔術師は、この無意識の力を、意識的に放つことができるの」


 切絵は優花に向けて手のひらを見せる。いつかのように、切絵は目を閉じながら、手のひらに静かに力を込めた。


 手のひらの中心から、漂ってくるほのかな冷気。ひんやりとしたその感覚は、どこか手のひらを中心に渦巻いているように思える。冷たい渦は、見えない魔力のうねりであろうか? 見る見る間に、その渦の中心には、氷の結晶が生まれてくる。花弁の如く、六方向それぞれに均一に伸びている。見事なまでの円対象を描く、綺麗な氷の結晶だった。


「無意識を意識的に使うこと、それが魔術の本質よ。ここまでは大丈夫かな?」

「はい! 魔術って、こういう綺麗な使い方もできるんですね」


 切絵は氷の結晶を出した右手を、握る。結晶はどこへともなく消え去っていった。とりあえず、魔力が何なのかについてはなんとなく理解できた。


「前も言った気がするけれど、これぐらいは素養があれば訓練すればできるよ。ただ、その"素養"がとっても大事でね」


 切絵はホワイトボードに"属性"と描き足していく。


「属性、ですか」

「そう。ねぇ、ユッカちゃんは今この大気に流れてる"マナ"が見える?」

「いえ、見えません」

「そう。"マナ"は特別な"魔眼まがん"でも持っていなければ、見えないのよ。私も見えないし。でも、さっき私が出した"オド"は見えたでしょ?」


 確かに、と優花は氷の結晶を思い出す。はっきりと見ることのできたあの結晶も、よくよく考えれば今この大気を流れる魔力と同じ物なのだそうだ。


「魔力は生物というフィルターを通すことによって、形を取って現れる。どんな形を取るのか、関わってくるのがこの"属性"よ」


 切絵はこんこんと"属性"の部分を叩くと、下にサラサラと文字を書き足していく。


 六つの色を使って書かれたのは、


 火、水、雷、草、地、風


「これが基本となる六つの属性ね」

「えーっと、町田は火属性ってことですか?」

「その通り! アレは分かりやすいね」


 火の下に「まちだ」と書いていく切絵。しかし、ここでさっきの結晶が疑問に残る。


「じゃあ、さっきの氷はどういうことなんですか?」

「そこがちょっと紛らわしいポイントかな。ちょっと見ててね」


 再度手のひらをかざす切絵。その手のひらを覗きこんでいると、


 ほんの僅かな火種が見えて、

 激しく渦巻く水の渦が浮かび、

 小さく漏電した音が一瞬で止み、

 髪を靡かす程度の風が吹きすさび、

 ささやかな芽が小さく膨らみを見せ、

 手のひらにちょうど納まる岩となった。


 火、水、雷、風、草、地の順に魔力を放出した、ということであろうか? 今ひとつ切絵の言いたいことが分からない物の、切絵は優花の答えを待つようにそわそわとしている。

 

「切絵さんは、全部の属性を出せるということですか?」

「半分正解。出力を比べて気づくことはなかった?」

「そういえば――水が一番強く感じて、風と地がその次ぐらい。草は少なめで火と雷がほんの少し――だったような?」

「もう半分も正解! それじゃあ答え合わせといきましょうか」


 そう言うと切絵は先ほどの人の絵に、色とりどりの色を塗っていく。それは、先ほど属性の名前を書くときに使った六色と同じ色が使われていた。


「出すことができる属性は一つじゃないし、ただ"出すだけ"なら六つ全部出せる人は多いよ。ただし、そこには適正があって、私の場合は水が一番強くて、次点が風と地。他は正直からっきしって訳なの」


 切絵はいくつかの色鉛筆を取り出して、優花の前まで歩み寄る。


「ユッカちゃんは光の三原色って知ってる?」

「なんとなくは。確か、赤、青、緑の三色で様々な色が表せる、って考えですよね?」

「その通り! 青と緑が混ざってシアンになったり、赤と青が混ざってマゼンタになったり、全部混ぜると白になったり……みたいなあれね。属性はこの考え方によく似てるの」


 優花のノートを借りた切絵は、そこに丸を描くと、薄く青色を塗っていく。先ほどから水を書くときには青色を使っていた。


「――水がメインで、風と地属性もあるでしょ? これが混ざると――」


 更に、ベージュ色や茶色を塗っていった。それぞれ、風と地を書くのに使っていた色である。

 その結果生まれた色は、ほんの僅かに茶色が混ざった水色となっていた。


「私が一番出しやすい魔力の形は、氷になるというわけ」

「はぁ……属性が混ざることで、いろんな形をとるってことでいいんですね?」

「ご名答。たとえば、水と土が混ざるとどうなると思う?」


 そう言って優花は水と土を混ぜ合わせた姿を思い描く。


「んー、泥とか濁流とかそう言う感じですか?」

「その通り! その人の持っている属性によって、使える魔術は違ってくるから、自分の属性を知ることが、魔術を知る第一歩になるわけ!」

「ん? じゃあなんで属性がどうこうとかってわざわざ分けるんですか?」


 属性と言っても、氷や泥と言った形の放出もあるのであれば、わざわざ六つの属性に拘る必要はないように思えてくる。切絵は「そうね~」と相づちを打ちながら、


「その話は、今度する魔術の話にも繋がってくるけど――」

「おはようございまーす!」


 この爽やかで明るい声は、昨晩も聞いて知っている。浦添辰巳が、どこか眠気が残っているぼんやりした雰囲気と共に入ってきた。時計を見れば十一時を回り、昼時が近くなっている。


「辰巳くん。おはよう」

「おはようございます、優花さん。魔力の授業中ですか」

「そうなの。ドラくんはこの辺ばっちり?」

「僕は実戦派なんで、あまり頭に入れないことにしてるんです」

「ね、こういう子も少なくないの。だから、感覚でもオッケーだよ」


 辰巳は笑顔ながらも「いやだ~!」と言いたげな拒否反応が見え隠れする。賢そうな風貌なだけに少し意外な返答だったが、優花はなるほど、と思った。


「って、もうそんな時間か。今日はこの辺ね」

「はい、ありがとうございました!」


 実際優花もそろそろ理解が怪しくなっているし、ちょうどいい頃合いだった。優花の礼に切絵は「どういたしまして」と小さく呟くと、キッチンの方に歩いて行った。


「飲みたいものある?」

「僕は紅茶で」

「アタシ自分でやります」

「ありがと。でもいいよ、休んでて?」


 その笑顔にはどこか逆らいがたい迫力がある。怯みつつも、食い下がって優花がキッチンに向かおうとすると「いいからいいから」と笑顔で気圧されてしまった。お言葉に甘えて、優花は辰巳と顔を合わせる。


「辰巳くんは、どんな魔術を使うの?」

「僕は魔力を流して戦ってる程度で、魔術と言える程の物は出せないですよ」


 困ったように笑う辰巳。自虐的な内容ながら、別にそのことを悔いていると言う様子ではない。


「そうなんだ。そういえば、海翔も使ってなかったかも」

「ですね。海翔さんも僕も、単純な肉体強化を駆使しての肉弾戦の方が得意です。まさしく鉄砲玉ですね」

「あー、海翔の方はそれっぽいなぁ」


 長身で金髪と見た目の迫力は充分なのである。尤も、辰巳も頬に大きな傷跡がついているためカタギの人間かと言われると怪しい部分もあるのだが。


「とはいえ、魔術は使ってみたいですけどね! やっぱり、"裏"の戦闘だと、魔術を持ってるかどうかの違いは大きいですし」

「そうだよね。折角なら使ってみたいよね」


 優花は雪那とのやりとりを思い出す。

 ダーツが突き刺さったとき、雪那は全く別の方を向いて話を聞いていたことがあった。あれは、本当になんだったのだろう。海翔に言わせると、あの時魔術を使っていたらしいのだが――。


「はーい、お待たせ」


 ティーセットを持って切絵が戻ってくる。ティーカップを優花、辰巳の前に置いて、芳醇な香りが漂う琥珀色の紅茶がなみなみと注がれていく。その香り高さだけでも、頭脳労働の疲労が取れていきそうだった。


「アールグレイですね?」

「残念、ダージリンベースでーす」

「えー!」

「あはは、アタシも正直わかんないけど!」


 辰巳が見当外れな推理を見せて場の空気を和ませながら、ささやかなお茶会は談笑と共に進んでいく。

 ひとしきり紅茶を味わった後、辰巳が頬杖をつきながら、切絵の方を見据えた。

 それまでの喜色に、ほんの僅かな緊張感を漂わせながら、辰巳は笑顔を見せる。


「で、切絵さん。用件はなんですか?」

「当然、お仕事のお話です。今朝、警察から入った依頼があるの」


 切絵もまた紅茶を飲み干して、"仕事"の話を切り出していく。


「場所は渦波商店街。内容はひったくり犯の調査よ」


 ***


 すんすん、と鼻をひくつかせながら、女は歩く。


 胸元が大胆に開き、豊満な胸元を何の遠慮もなしに見せびらかす。扇情的な姿に加えて、明るいピンク色の出で立ちは、嫌が応にも目を惹く。薄化粧ながらも、女優を思わせる華やかな見た目も相まって、人の目を――特に男性の目を――集めながら、その女性は堂々と闊歩する。


 ふと、目が合った高校生ぐらいの少年にウィンクをしながら、ニコリと微笑みかける。

 最初はきょとんとしていたが、周りを見渡してそれが自分に向けられていると気づいた瞬間、高校生はゆでだこのように顔を赤らめると、そそくさと立ち去ってしまった。


 ――うっぶぅ~! 超可愛いィィ!!


 初々しいまでの年頃の反応を見て、彼女の形のいい口元がほころぶ。人目を憚る事なく身をよじらせるその女性に、更に目線が集まったが――正常な判断を持った人々は、面妖ながらも漂う異様さに気づいてそそくさと去って行く。


「ねぇ、お姉さん、暇? よければ俺と遊ばない?」


 世の中には僅かながらに例外がいるのも常であるが。

 遊び慣れてそうな、茶髪の男。唇や耳元に小さなピアスを光らせて、その下卑た目は嘗め回すように女性の全身をくまなく見ては、恍惚の息を漏らしている。

 猛々しいまでの暴力的な体つき。その体つきから、その先を想像しただけで女性はニマニマと頬を綻ばせてしまう。


 それ自体はいい。女性は、自分の見た目の事を理解した上で、この格好をすることを選んでいる。野性的なまでの素直な感性をぶつけられることは、本望なのである。色っぽさすら漂わせる妖しい笑顔を見せて――


 すんすん、と鼻をひくつかせながら、女は一瞬だけ、顔をしかめる。

 表情の変貌も束の間、満面の笑顔を見せながら女は返事を返す。


「魅力的なお誘い! ありがとう!」

「お、それじゃ――」


 上物の獲物を逃しはしない、どこか焦りすらも漂わせる俊敏な動きで、男は女の肩に手を回そうとする。

 だが、女は軽い身のこなしでその手を避ける。獲物を捕らえ損なった男は、思いがけない状況に目をぱちくりとさせていた。

 女は男の耳元に顔を近づかせると、息を吹きかけるかのような色めかしさと共に、小さく呟いた。


は専門外! 引き返せなくなる前にやめといたほうがイイぞ?」

「……は?」

「行為は健康・健全に、がわたしのモットー! じゃ、まったね~!」


 呆気にとられている男の肩をぽんぽんと叩いたと思うと、女は歩みを進める。


 振り返ることなく、なんなら何があったのかすら記憶から消したかのように、


 すんすん、と鼻をひくつかせながら、女は歩く。


「なんか、この町の空気、変な感じ。?」


 肌を刺す、異様な雰囲気を全身に受け止めながら、女は渦波市を歩き続ける。

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